» コトリバコ「美濃の国の紀遠助女の霊に値ひて遂に死にたる語-今昔物語集より」

古代の物語

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コトリバコ「美濃の国の紀遠助女の霊に値ひて遂に死にたる語-今昔物語集より」

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今は昔、長門の前司、藤原孝範という者がいた。
その者が下総の権守であったとき、関白殿の家人として美濃国にある生津の御庄を預かり治めていた。
その御庄(みしょう)に、紀遠助(きのとおすけ)という者がいた。

多くの従者の中で、孝範はこの遠助に目をかけていた。
都の東三条殿の長宿直(ながとのい)に当たらせ、その任が終わったので暇を与え、故郷の美濃へ帰らせた。

美濃へ下る道中、遠助一行は勢田の橋を見上げ足を止めた。
橋の上に一人、裾を取った女が立っていたのである。
遠助は「不気味な女だ」と思いながら女を横目に通り過ぎようとした。

「もし。あなた方はどちらへいらっしゃるのですか」
いきなり声をかけられ、遠助は内心驚きつつ馬を下りた。
「美濃へ行くところだ」
「まあ。では、お言付けしたいことがあるのですが、聞いて頂けませんでしょうか」
「……お引き受け致しましょう」
「それはまことに嬉しゅうございます」

女は懐から絹に包まれた小箱を取り出した。
「方県郡の唐郷(かたがたのこおりの もろこしのさと)の、収め橋の西詰めに、一人の女房がおります。この箱を、その女房にお渡しくださいまし」

女がつい、とすべらかな絹に包まれた小箱を差し、遠助は手を伸ばした。
(詰まらぬことを引き受けてしまったものだ)
遠助は薄気味悪くなってきたが、女の様子がなんとなく恐ろしいので断れない。

「……その橋のたもとにいらっしゃるという女房は、一体どなたなのですか。どこの方なのです。
もしその方に会えなかったときには、どこにお尋ねしたら良いのでしょうか。どなたからの贈り物だと申したら良いでしょう」

「あなたさまが収め橋においでにさえなれば、必ず女房が受け取りに参上します。よもや手違いはありますまい。きっとお待ちしております。
しかし一つ、ようございますか、箱の中身を開けて見るということは、ゆめゆめなさいませんように」
女はそう言い残すと、立ち去っていた。

遠助の従者達は不可解な主の姿を不思議に見つめていた。
一人馬から降りて、わけもなく空に話しかけている。

その後遠助は馬に乗り、やがて美濃へ入り、家へと行き着いた。
「ああ、悪いことをした。小箱を渡しそこなった。近いうちに改めて持っていこう」
遠助は物置のような部屋の調度へ小箱を高く上げておいた。

一方、嫉妬心の強い遠助の妻が、遠助が丁重に小箱を置くのをそれとなく見ていた。
「私に隠すようにあんなところに置いたりして。どこぞの女にやろうとして、この箱を京でわざわざ買ってきたんだろう」
一体、女が喜ぶどんなものを買ったのか妻は見てやろうと思い、遠助が外出した隙にそっと小箱を取り下ろして開けてしまった。
小箱には抉り取った人の眼球と、毛を少し残したまま男根を切り取ったものがぎっしりと詰まっていた。

美濃の国の紀遠助女の霊に値ひて遂に死にたる語

妻は仰天し、恐ろしくなって、帰ってきた遠助をあわてて呼び寄せこれを見せた。
遠助はすっと血の気くのを感じた。
「ああ、あれほど『見るな』と言われたものを。なんということだ」

慌て惑い、蓋をして元の様に結び、すぐさま例の女が教えた橋のたもとに行くと、女の言うとおり、まことに女房が現れた。
遠助は箱を渡して女の言った通りを伝えた。
女房は箱を受け取るや、
「この箱の中身を見ましたね」と言った。
「いえ、そのようなことはしておりません」
女房は酷く不興な顔つきになった。
「とんでもないことを、してくださいましたな」
女房はたいそう怒りながら箱を受け取り、遠助は家に帰った。

その後、遠助は「どうにも気分が悪い」と床に伏してしまった。
そして妻に
「あれほど開けてくれるなと言っていた箱を、考えもなく開けたりして……」
とうわごとを言うと、ほどなくして死んでしまった。

然れば、人の妻が嫉妬深く、謂れもなく疑ったりすることは、夫によからぬことがあるのだ。
嫉妬のゆえに遠助は思いがけず、道理に合わない理由で命を失ってしまった。
嫉妬は女の習いとは言えども、これを聞く人は皆この妻を非難した。
  と、こう語り伝えているということである。


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