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タカヒコネとスサノヲ、そしてホムチワケの奇妙な共通点

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大藤やすみです。

先月更新された、『阿遅須伎高日子根命(仁多郡三津の郷の条)「出雲国風土記」』を読んだのですが、”ひげが八握ほどにも伸びるというのに朝も夜も泣くばかり”という記述に、既視感を覚えました。

ほかの神話でも、髭を伸ばしていても泣くばかりで手の負えないひと…いましたよね。

天照大御神は高天原をお治めになり、月読命は夜の世界を治められましたが須佐之男命だけは伊邪那岐の申し付けに背きます。
髭が胸に届くまで伸びるまで来る日も来る日も泣き喚き過ごされました。

三貴子「古事記 -712年献上 作者:太安万侶 -」

そうです、あの須佐之男命です。

出雲に天下ってからは英雄的活躍をするスサノヲですが、それ以前、高天原にいる頃の彼も泣いてばかりで父イザナキを困らせました。(口は聞けましたが)

そしてタカヒコネは実は古事記にも登場するのですが、改めて読むと、その暴れっぷりはどこかスサノヲと似ています。

下照比売の兄である高日子根神(タカヒコネ)がやってきて、天若日子の死を弔っていました。
すると天上から降ってきた天若日子の父と、また下照比売は、その姿を見てみなその手足にすがり、泣きだしてしまいました。

「わたしの子が死なずに、ここにいるわ!」
「わたしの夫は、死なずにここにいらっしゃったのね!」

喪屋に安置された死者のたましいは、歌舞によってよみがえるといわれています。
彼らが高日子根神を死んだ天若日子と間違えてしまったのは、この二柱の神の顔や姿がたいへんよく似ていたからなのでした。

ところが、これをきいて高日子根神はたいへん怒ってしまいました。
「わたしは天若日子の親友だから、わざわざ弔いにやってきたのだ。なのになぜわたしを穢らわしい死人なんぞになぞらえる!」
高日子根神は腰にさした長剣を抜いて、その喪屋を切りたおし、足で蹴り飛ばしてしまわれました。

国譲り‐天若日子‐「古事記 -712年献上 作者:太安万侶 -」

天照大御神が聖なる機織屋においでになって神衣を織らせていた時の事でした。にわかに、その屋根を須佐之男が打ち破りました。そして、皮を剥ぎとった血だらけの馬をその裂け目から投げ込んだ。これに怯えた機織り女が機織りの道具梭で陰部を突き刺し死んでしまいます。

天照大御神と須佐之男の誓約「古事記 -712年献上 作者:太安万侶 -」

死人と間違われた事に憤り、喪屋を破壊するタカヒコネの姿は、高天原で機織屋を打ち壊したスサノヲとどこか似ている感じがします。

タカヒコネは大国主の子、大国主はスサノヲ六世の孫で、タカヒコネはスサノヲの末裔になるため、行動が似ていてもおかしくはないのですが、もっと深い意味が含まれているのかもしれません。

ところで、時代はくだって、髭を胸まで伸ばしているのに口がきけなかった人がもう一人古事記に登場します。口がきけないので、そういう意味ではスサノヲ以上にタカヒコネと似ています。

それがホムチワケノミコ(本牟智和気王)です。

天皇には深く思い悩むことがあったのです。

「この子がいつまで経っても言葉を話さないのは、いったいどうしたことだろう……」
ホムチワケノミコはとうとうヒゲが胸元まで伸びる歳になっても、言葉を話しませんでした。

本牟智和気王「古事記 -712年献上 作者:太安万侶 -」

ホムチワケは白鳥を見た時に初めて、「是何物ぞ」と言葉を発したといいます。

天皇は大変喜び、家来に野を越え山を越え国を越え、白鳥を追って捕まえさせ、もう一度白鳥を御子に見せますが言葉を言うのはそれっきりだったため、占いで理由を探りました。

その理由は、大国主の祟りだったといいます。出雲大社を再建すれば、御子はたちまち口がきけるようになるだろうというお告げでした。

その通りにすると御子は口がきけるようになった、というお話ですが、奇妙な話です。

大国主は自らの子が物言わず苦悩したことがあり、天皇の御子に物言わぬ呪いをかけたというのですから。

出雲大社を再建させるためのイジワルなのか、いやいや、大国主とタカヒコネと、天皇と御子が似たような経験することで、より特別な存在になる、神の追体験をすることで神に近くなる、そういう意味もあるのかもしれません。

そんな事を思うお話でした。

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