» 倭建命と草薙剣「古事記 -712年献上 作者:太安万侶 -」

古事記

古事記

古事記は存在する日本最古の歴史書。
上巻は日本神話、中巻は神武天皇から
応神天皇までの記事、下巻は仁徳天皇
から推古天皇までの記事が収られます。

倭建命と草薙剣「古事記 -712年献上 作者:太安万侶 -」

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倭健命(やまとたけるのみこと)が都へ戻ると景行天皇(けいこうてんのう)はすぐに
「東の十二道の人を害する神、また従わぬ者を言葉でもって平定し鎮めよ。」
と命じ、吉備臣(きびおみ)の祖先である御鋤友耳建日子(みすきともみみたけひこ)を付き添わせ、比比羅木の八尋矛(ひひらぎのやひろほこ)を授けた。

 天皇の命令を受けた倭建命は大和を旅立ち、東に出向く前に伊勢神宮に参った。そこで倭建命は斎宮(さいぐう)である叔母の倭比売命(やまとひめのみこと)に次のように訪ねた。

「父は私など死ねば良いと思いなのだろうか。なぜ西の方の悪人たちを討ちに遣わし、帰ってきて直ぐに、軍勢も与えられないまま東の十二道の悪人達を平定するために遣わされたのだろう。これ思うに、やはり私など死んだら良いと思っているからではないだろうか。」
そう嘆き、出発しようとすると倭比売命は草薙剣(くさなぎのつるぎ)と袋を渡し、
「もし困ったことがあれば、この袋の口を開けなさい」
と言った。

 尾張国に着いた倭健命は、尾張の国造(くにのみやつこ)の祖である、美夜受比売(みやずひめ)と婚約し、東国で山河の荒ぶる神、そして従わない者たちをことごとく説得して平定していった。

 そうして相武国にやって来たとき相武の国造が、
「この野の先にある沼に道速振る神が住み着いて、人々を悩ませるのです。どうかお助け下さい。」
と言うので、倭健命はその沼の神を見る為に野に入った。

ところが、倭健命が野に入ったのを見ると相武の国造は野に火を放ち始めた。
欺かれたことを知った倭健命は、叔母から貰った袋の口を開けた。

袋の中には火打石が入っており、それを見て直ぐにひらめいた倭健命は自分の周りの草を剣で薙ぎ払い、火打石で向火をつけて襲い来る火を静めたのであった。
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無事に生還した倭健命は騙し討ちをしようとした相武の国造とその一族をことごとく斬り殺し、その亡骸を火で焼き払ってしまった。

そのような事があってからか、その地は今でも「焼遣(やきづ)」と呼ばれている。

<<出雲健 || 弟橘比賣命の入水>>


  • 挿絵:
  • 文章:
  • 「倭建命の東国征討」登場人物

    <倭健命(やまとたけるのみこと)>
    景行天皇の第三皇子
    <景行天皇(けいこうてんのう)>
    倭健命の父
    <御鋤友耳建日子(みすきともみみたけひこ)>
    大和と同盟を組む吉備臣(きびおみ)一族の祖先
    <倭比売命(やまとひめのみこと)>
    斎宮を務める倭健命の叔母
    <美夜受比売(みやずひめ)>
    尾張の国造(くにのみやつこ)の祖であり、倭健命の婚約者。
    <相武の国造>
    倭健命を欺こうとした相武を治める官職

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