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古代の物語

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八郎太郎伝説 -八郎太郎の出生・田沢湖のおこり-「東北地方民話」

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昔々のことです。
比内 独鈷(ひない とっこ=現・秋田県大館市比内町)の大日堂に、了観という徳の高い僧が住んでいました。
しかしある時、彼はたまたま、ものの弾みで邪念をおこしてしまいました。
すると、大日堂の裏、北沼の主である大蛇のたたりがありました。大蛇が了観の姿に化けて彼の妻のもとに通い、間もなくして彼女は子供を身籠ったといいます。
その主というのは、スサノヲノ命に退治されたヤマタノオロチの霊魂が集まって甦ったもので、永く北沼に潜んでいたとか。
やがて玉のような愛らしい子供を産み落としましたが、出産の日は、天地は揺れ、大変な嵐となり、その勢いは大日堂が崩れそうになるほどでした。
恐れをなした了観は妻子を連れ、独鈷の地を離れて鹿角(かづの=現・秋田県鹿角市)に移り住みました。
その男の子は久内(くない)と名付けられ、大切に育てられました。

久内三代目は、小豆沢(現・秋田県鹿角市八幡平)に大日堂(現・大日霊貴神社)を建立したそうですが、大蛇のたたりのため、太陽を見ることができません。太陽の神様も直視することが出来なかったのでしょう。建てたはいいものの、神様に奉仕するお務めができませんので、近くの草木村(現・同市十和田草木 )という所に移り住み、代々この久内を名乗り、百姓として暮らしていたといいます。

初代より数百年の月日が流れ、久内は九代目となっていました。
九代目には一人、子供がおりました。
その子の名は、八郎太郎。

八郎太郎は山で猟をするマタギの若者でした。
ある時、着物や縄の材料に使うマダの木(=シナノキ)の皮をはぐため、彼は仲間の三人と十和田の山奥へでかけていきました。
しかし、四人は道に迷ってしまいました。
今の奥入瀬川筋あたりだといいます。
どれほど歩いたか、くたびれてしまい、皆おなかが減って仕方がありません。
そこで、八郎太郎が炊事当番となり、イワナを沢で捕まえて串焼きにして食べる事にしました。
マタギには「仲間を置き去りにしない」「食べ物は必ず分かち合う」「収穫は平等に分配する」といった掟がありました。
八郎太郎がイワナを焼いている時、仲間がその場を離れていましたから、先に口にするわけにはいきません。
ぐっと堪えていたのですが、不思議なほどに美味そうなこうばしい香りが、八郎太郎の食欲をくすぶります。八郎太郎はとうとう我慢できなくなり、パクッと一口、イワナにかじりつきました。
その味のなんと美味しい事か。今さっき沢でとったばかりの新鮮な魚をその場で焼いてるのですから、不味いはずがありません。
彼の空きっ腹にはたまらず、一口、また一口と食べているうちに、ついには仲間の分まで平らげていました。

するとすぐ様、異常なほどののどの渇きを覚えました。汲んである水を飲んだだけでとてもおさまりません。沢に走って水をがぶがぶと貪り飲みました。いつまでもその渇きが潤うことがなく、長い間ごくごくと、とにかく沢の水を飲み続けました。その間、七日七晩、三十三昼夜ともいいます。
八郎太郎伝説 -八郎太郎の出生・田沢湖のおこり-
ふと我に返ると、水面には大きな何かの影が映っていました。
不思議に思った八郎太郎は、ぴたりと飲むのを止め、水面を見つめました。ゆらゆらと揺れる水面が段々と静かになっていくにつれ、大きな影の形がはっきりと見えてきました。

そこに映っていたのは、大きな蛇の頭でした。
びっくりした八郎太郎は、それが自分の顔であることに気づき、嘆きました。もう故郷には戻れまいと、涙ぐみながら仲間に別れを告げ、この地に棲むことを決意しました。

そして沢をせき止めて湖を作り、湖の主となりました。
その湖こそ、今の十和田湖だといいます。

|| 八郎太郎と南祖坊の戦い>>


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