» 八郎太郎伝説 -南祖坊との戦い・八郎潟の起こり-「東北地方民話」

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八郎太郎伝説 -南祖坊との戦い・八郎潟の起こり-「東北地方民話」

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ある日、十和田湖に一人の旅人が通りかかると、彼の草鞋がプツリと切れました。
この男、名を南祖坊(なんそぼう)といい、三戸郡斗賀村(現・青森県南部町)出身の修行僧でした。
彼は熊野で修行をしたのち、熊野権現より鉄の草鞋を授かり、「これを履いて諸国を廻り、草鞋が切れた処を今生の住処とせよ。」と神託があったのでした。
南粗坊は十和田湖こそ、永年探し歩いていた永住の地と悟り、喜びました。
その時、湖の底からブクブクと、竜神となった八郎太郎が姿を現しました。
「私がこの湖の主であるが、お前は何者か。」
「我が名は南祖坊。鼻緒が切れた地を住処とせよと熊野権現の神託を賜り、永きに渡り諸国を練り歩いていたのだ。そして今、その鼻緒がついに切れた。儂は神託に従い、今日よりこの地の主とさせて頂く。」
こうして、十和田湖を巡り、八郎太郎と南祖坊の戦いの火蓋が切られたのでした。
南祖坊は法華経を唱え、八郎太郎に投げつけました。すると経文が数多の蛇に化け、八郎太郎に襲いかかります。
一方、八郎太郎は九頭竜に変じ、南祖坊に挑みました。
八郎太郎伝説 -南祖坊との戦い・八郎潟の起こり-
雷鳴が轟き、山々は地響きを起こし、湖から溢れた鉄砲水が谷に流れ込みました。
戦いは七日七晩も続きましたが、南祖坊は最後の力を振り絞り、法華経を唱えて八郎太郎に投げつけました。
すると、経文の字が剣に変わり、八郎太郎の体を貫きました。
八郎太郎は力つき、血をにじませながら体を引きずり、湖を後にしました。
戦いが終わった十和田湖は、血で真っ赤に染まり、急峻だった奥入瀬渓谷は緩やかな渓流に変わってしまいました。
八郎太郎の血は大地に染み、御蔵半島の一部が赤いのはその跡だといいます。

南祖坊は青龍権現となり、十和田神社に祀られました。

その後、八郎太郎は安住の地を求めて方々を廻り、日本海付近までやってきました。
そして天瀬川(現・三種町天瀬川)で、老夫婦に一夜の宿を求め、老夫婦は快く八郎太郎を家に入れました。
その夜、八郎太郎は天の神に「男鹿島と本土をつなげて湖を作りたい」と願いました。
すると、「明朝、鶏鳴き地震え、潮流れて湖と成る。」とのお告げがありました。
八郎太郎はすぐ様この事を、老夫婦に告げ、逃げる支度をするよう勧めました。
老夫婦も突然のことでたいそう驚きましたが、八郎太郎の言う事を信じ、夜明け前までに荷物をまとめました。

翌朝、お告げの通り、鶏が鳴くと同時に、海水が低く重い音を轟かせて流れ込んできました。
八郎太郎は龍に姿を変え、水の中に飛び込んだその時、溺れている老婆を見つけました。
なんと老婆は麻糸を忘れて、家に取りに戻ってしまったのです。
八郎太郎は、老婆を助けようと尾ではじき、天瀬川の反対側、芦崎(現・三種町芦崎)に飛ばしました。
翁と老婆は離ればなれになってしまいましたが、命は助かりました。
今では、翁は夫殿権現(おどどのごんげん)に、老婆は姥御膳神社(うばごぜんじんじゃ)に祀られています。

こうして出来た湖は、八郎潟と呼ばれ、八郎太郎はここを永住の地としたのでした。

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