大国主と少彦名の我慢比べ「播磨国風土記 -713年献上 作者:知れず -」
播磨国(今の兵庫県の南西部)に、堲岡(はにおか)の里というところがあります。ハニというのは粘土のことで、むかし応神天皇がこの地に宮殿をおつくりになったとき、
「この土はハニとして役に立てるだけだ」
とおっしゃったことが、この地名の由来になったという説があります。
しかし、出雲神話で知られる大国主ことオオナムチと、少名毘古那ことスクナヒコネが繰り広げたおかしな競争が、この地の由来となったお話をいたしましょう。
むかし、オオナムチとスコナヒコネは、ちょっとした張り合いで、こんな競争を始めました。
「ハニの荷を肩にかついで遠くまでいくのと、糞を我慢して遠くまでいくのと、どっちができるだろう?」
糞を我慢するつらさはもちろんのこと、粘土といっても土は土、それを背負って歩くのはとても苦しいことなのでした。
オオナムチは、「ならわたしは、糞を我慢しようじゃないか」
スクナヒコネは、「ではわたしは、ハニの荷を持っていきましょう」
互いにこう言い合って、競いながら出かけていきました。
その間、二人がどれほど苦しい思いをしたのかは、はかりしることができません。
それでも、二人は歩き続けたのでした。
何日か経って、オオナムチは
「もうだめだ。我慢できない!」
と叫びだし、その場にしゃがんでとうとう糞をもらしてしまいました。
スクナヒコネは笑って、
「そうだなあ。わたしも苦しくて」
と、ほっとしながら背負っていたハニを岡の上に投げつけました。
それで、この地に堲岡という名前がついたのです。
また、オオナムチが糞をもらしてしまったときに、そのあたりにむらがっていた小さく細い竹がその糞を弾きあげて、お着物にあたってしまいました。だから、波自加(はじか)の村と名付けたのだそうです。
その赤土と糞とが、石に姿を変えて、今もなくならずにあるそうです。








