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古代の物語

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安珍・清姫伝説

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今より遠く昔、延長六年のことである。

安珍(あんちん)という一人の年若い山伏が、奥州は白河からはるばる熊野詣りにやってきた。
旅の途中、真砂(まさご)という村にさしかかった時ちょうど日が暮れてしまい、安珍は一夜の宿を借りようと真砂の庄司の屋敷を訪ねた。すると奥から美しい娘が現れ、庄司の娘の清姫(きよひめ)と名乗った。
熊野詣りをする旅人には心良く宿を貸すのが習わしである。清姫は安珍を離れの一室へ案内した。
無事に一夜の宿を借りることが出来た安珍は安堵の息を吐いて旅の装束を解いたのだが、その姿に清姫は釘付けになった。
笠を目深に被っていたため分からなかったのだが、山伏というのが不思議なほど目鼻立ちのスッキリとした美丈夫である。凛々しくも美しい佇まいにすっかり心奪われた清姫は、何度も離れへ通い、豪勢な夕食や茶を差し入れ精一杯のもてなしをした。その度に名前や何処から来たのか、修行のことなどを聞くにつけ、恋の炎はますます激しく燃え上がるばかりである。
「ああ、明日の朝になれば、あの人は旅立ってしまう。きっと二度と巡り会えないでしょう……今夜のうちに、何としてでも想いを告げなければ……!」
思い詰めた清姫は、家の者が寝静まるのを見計らって、安珍が眠っている部屋へと忍んで行った。

旅の疲れでぐっすりと眠り込んでいた安珍は、何者かに揺り動かされて目を覚ました。
こんな夜半に何の用かと見やると、清姫の白い顔(かんばせ)が暗がりに浮かび上がっていた。
「安珍さま、お話ししたいことがございます。ひと目見たときから、あなた様に心を奪われてしまいました。どうぞ私を妻になさって、この村で一生を添い遂げてくださいまし!」
必死の頼みに安珍は仰天した。自分は仏に仕える身、妻を娶ることは戒律に反する。ましてや今は、大事な熊野参詣の途中なのである。どうしてそのような願いを聞くことができようか。あわてて清姫を説得した安珍だったが、清姫は頑として引き下がろうとしない。
「わかりました、ならば二、三日ほど待ってください。その間に参拝を済ませ、あなたの元へ戻ってまいります」
「本当ですね!きっと、きっとですよ!」
当然、安珍には真砂に戻るつもりなどなかった。清姫との固い約束は、その場しのぎの嘘だったのである。
そうとは知らない清姫は安珍の帰りを待ちわびていたが、約束の日を過ぎても安珍は戻ってこない。焦れた清姫は屋敷を飛び出すと、通りを行き交う旅人に安珍のことを尋ねた。
すると旅人は、そのような山伏ならばとうの昔に参拝を済ませて行ってしまったと言うではないか。
真砂の村を間違えでもしたのであろうか?いや、そんなはずはない。安珍は、わざと真砂を通り過ぎて行ったのだ。
騙されたと知った清姫は、取る物も取り敢えず安珍を追って走った。
髪を振り乱し、切れた草履もそのままに、清姫は安珍のもとへとひた走る。裸足の足は切れて血がにじみ痛んだが、愛しい人に会いたい一心で、飛ぶような早さで走って行く。行き交う人々がその姿を見て鬼のようだと言い合ったが、それでも構わず走り続けた。

息もつかずに走り続けたおかげか、日高川の手前でなんとか安珍に追いついた清姫は、逃がしてなるものかとその身体にしがみついた。
「安珍さま、やっと追いついた……!約束を破ってしまうなんて、酷いじゃありませんか。でも嬉しいわ。こうしてお会いすることができたんですもの」
一方の安珍は、女だてらにここまで走ってきた清姫の執念深さと、さんばら髪の向こうで炯々と光る血走った眼差しに戦慄した。真砂の村で見た娘と同一人物とは思えないほど、その姿は恐ろしいものだった。
「一体、なんの話でございますか?私は安珍などという者ではございませぬ。お人違いでございましょう」
その身にしがみつく清姫を引きはがすと、安珍は早口にまくしたてて逃げ出した。
一度ならず二度までも想いを踏みにじられた清姫は烈火のごとく怒り、口から炎を吐き出す般若へと姿を変じてしまったのであった。
自らが鬼へと変わってしまったことに気がついた清姫は、
「前世にどれほどの悪行を重ねて、今生にこのような報いを受けるというのですか?ああ、観音菩薩さま!」
と、己の業の深さを嘆いたものの、安珍への憎しみはもはや止まる所を知らない。
「おのれ山伏め。決して逃がしてなるものか」
憎悪の炎を吐きながら、なおも追いすがる清姫を背に、安珍は必死の思いで逃げた。
捕まったらきっと自分は殺されてしまう。災難を逃れるための嘘が、まさかこんな大事になるとは思ってもみなかった。ああ、どうかお助けを……!
安珍は御仏に祈りながら、背に負っていた荷も、頭に被っていた笠も、手に持っていた杖も、何もかも投げ捨てて走った。
やっとの思いで日高川へとたどり着けば、先日の雨で川は水かさが増し、大波が逆巻いていた。安珍は渡し船に乗り込むと、船頭に出発を急かす。
「船頭さん、もうじき女が私を追ってやってきますが、その女だけは決して乗せないでください。どうかこの通り、お願いします!」
程なくして、日高川に清姫がたどり着く。船頭に呼びかけるも、安珍との約束がある船頭は、いっこうに船を出す気配がない。
思い余った清姫は、荒れる川面へとその身を踊らせた。何とかして向こう岸まで泳ごうと藻掻く清姫は、いつの間にか大きな蛇へと姿を変え、巨体をくねらせて日高川を渡って行ったのだった。

向こう岸に渡った安珍はその足で道成寺まで逃げてきた。
「お助けください!お助けください!」
必死の訴えに何事かと出てきた僧たちは、息せき切らした安珍の話に驚き戸惑ったものの、
「にわかには信じがたいことですが、大変なものに追われているご様子。ひとまずこの釣り鐘の中に身を隠しなさい」
そう言って釣り鐘り鐘を降ろし、その中に安珍を隠すと鐘撞き堂の戸口をしっかりと閉めた。
しばらくすると巨大な蛇が寺への階段を這い上ってきた。そして安珍が隠れている鐘撞き堂の周りをぐるぐる回ったかと思うと、尾を振り上げて扉を壊し、堂の中へと押し入って行った。
大蛇は、安珍を隠した釣り鐘にまっすぐ近づいて行き、その身体を幾重にも鐘に巻き付けた。そうして釣り鐘の竜頭を咥え、尾の先をガンガンと何度も叩き付けた。口から炎を吐くので鐘は真っ赤に焼け、ゴウゴウと音を立てて燃え盛った。
安珍・清姫伝説

遠くで様子をうかがっていた僧たちは、身の毛もよだつ凄まじさに手も足も出ない。ただただ、ことの成り行きを見守るばかりだった。

どれほどの時が経っただろうか。やがて大蛇が鐘撞き堂から這い出てきた。両眼からは血の涙を流し、打ちひしがれた様子でもと来た道を這って行った。そのまま日高川まで来ると、大蛇は力尽きたようにその身を投げ、大きな水しぶきを上げて川底へと沈んでいった。
我に返った僧たちは、安珍の入っている鐘へと走り寄り、一斉に水をかけ炎を鎮めた。
中を見てみると、そこには骨と灰ばかりになった安珍の姿が。哀れな姿に僧たちは同情の念を禁じ得ず、安珍のため、涙ながらに経を唱えるのだった。

さて、この痛ましい出来事から数日後のことである。
道成寺の僧の一人が、不思議な夢を見た。
夢の中に二匹の蛇が現れ、そのうちの一匹が言うことには、
「私は釣り鐘に隠れた僧です。あの世で清姫と夫婦となり、今は蛇道に落ち苦しい日々を送っています。私の修行が足りなかったために、このようなことになってしまいました。どうか私たちのために法華経を供養してもらえないでしょうか。そうすれば、きっとこの苦しみから解放されるはずです」
目を覚ましてからも、夢と現実の区別がつかないほどはっきりと覚えていたことから、寺の者をあつめて法華経を読み、安珍と清姫を手厚く弔った。
その後、僧の夢に美しい衣を着た二人の人が現れた。
「法華経の功徳により、私たちは蛇道を離れ、天上界に生まれることができました。感謝いたします」
言い終わると二人の天人は互いに分かれ、天へと飛び去って行った。
このことで法華経の功徳はますます頼もしいものに思われ、寺の僧は一層熱心に励んだ、ということであった。


「安珍・清姫伝説」登場人物

<安珍>
奥州は白河から熊野詣りにやってきた山伏。
<清姫>
真砂庄司の娘。美しく情熱的な娘で安珍に一目惚れをする

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