» 宿魂石「茨城県民話」

日本神話

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日本各国の風土記やアイヌ神話、
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語られていない日本神話
御紹介致します。

宿魂石「茨城県民話」

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神代の昔、武御雷命(タケミカヅチノミコト)と経津主命(フツヌシノミコト)が常陸国を平らげに大軍を率いてやってきました。
常陸の石名坂(いわなざか)、現在の日立市辺り一帯を昔から治めていた香香背男(カカセノヲ)は、
「よそ者が、我が国土を奪って治めようというのか。そうはさせるか!」
と、両神に戦いを挑みました。

両神率いる大軍が香香背男(カカセノヲ)を抑え込もうとすると、彼は自分の体を巨大な石に変身し、これには両神はとても太刀打ちできませんでした。
香香背男(カカセノヲ)は両神と激しい攻防戦をくりひろげた末、大軍を見事うち破りました。
「ざまぁ見ろ!この地はおれのものだ。」
香香背男(カカセノヲ)は勝ち誇りました。

彼が変身した石は、益々大きく、まわりの山に大きく根をはり、天に向かって伸び続けました。

周りの山や野の神たちも、毎日、見違えるほど上へと伸び続ける石を見て何事かと驚き、ついには、天つ神の住まう高天原に届くほどにまでに達してしまいました。
これを見て怒ったのが、静(しず)の里(現・那珂市瓜連)で機織を生業としていた、武葉津槌命(タケハヅチノミコト)でした。
「高天原をおびやかすとは、無礼な奴!こらしめてやる!」
命は、武御雷命(タケミカヅチノミコト)と経津主命(フツヌシノミコト)に加勢し、鎧に身をかためて、香香背男(カカセノヲ)がいる石名坂に駆けつけました。

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そして、渾身の力をふりしぼり、鉄の靴ではっしとばかりに巨岩をを蹴り飛ばしました。
上を見て油断していた巨岩は、根元を残して、破片が四方へ飛び散ってしまいました。

一つは、日立沖から2Km離れたところに落ち、御根磯(おんねいそ)、おんねさまと呼ばれる神磯となり、一つは、石神(現・那珂郡東海村 石神社)、石塚(現・東茨城郡城里町 風隼神社)、石井(現・笠間市 石井神社)に落ちたと言われています。

現在、石名坂の坂上には、大甕倭文神社があります。香香背男(カカセノヲ)を退治した武葉津槌命(タケハヅチノミコト)をお祀りしていますが、この神社が建つ大きな岩山は、香香背男(カカセノヲ)が化けた石の根元で、彼の魂をこれに封じたことから、「宿魂石」と呼ばれています。


「宿魂石」登場人物

<武御雷命(タケミカヅチノミコト)>
鹿島神宮に祀られる軍神。古事記では、天照大神の命で経津主命(フツヌシノミコト)と共に天降り、出雲の建御名方神と戦い勝利し、葦原中つ国の平定を成し遂げる。

<経津主命(フツヌシノミコト)>
香取神宮に祀られる軍神。古事記では、天照大神の命で武御雷命(タケミカヅチノミコト)と共に天降り、葦原中つ国の平定を成し遂げる。

<香香背男(カカセノヲ)>
別名、天津甕星(アマツミカボシ)。日本書紀では、天つ神に最後まで従わなかった悪神として描かれる。このお話では、常陸・石名坂一帯を治める土着の神として登場。

<武葉津槌命(タケハヅチノミコト)>
別名、倭文神(しづのかみ)。織物の神として信仰されている。香香背男(カカセノヲ)が治める石名坂から南西、内陸の静の里を治める神として登場。香背男(カカセノヲ)に戦いを挑む。

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