» 小教訓(前)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」

平家物語

平家物語

平家物語」は平家一門の栄華と
滅亡を描いた軍略期。平安末期の
貴族政治から武家政治への以降期に、
日本で起こった内乱が描かれています

小教訓(前)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」

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新大納言は入道邸の一間の部屋に押しこめられ、大量の汗を流しながら、

「ああ、これは日頃の計画が漏えいしたに違いない。誰が洩らしたのだ。恐らく、北面の者共のなかにいるのだろう」

と、思わないことが無くなるまで心配しておられるところに、後ろの方より何者かの足音が高らかにしたので、

「あぁ、これから殺されるのだな」

と思い、武士どもが参ったのだろうと待っていると、入道自ら板敷を高らかに踏み鳴らし、大納言のおられる後ろの障子をさっと開けられた。

素絹(そけん)の衣は短く、白い大口袴を踏むようにして穿き、聖柄(ひじりづか)の刀を押してゆったりと差したまま、とんでもなく怒った形相で大納言をしばし睨むと、

「そもそも、貴殿は平治の乱の折、既に誅殺されるべきであったところを、内大臣が我が身に代えて助命を嘆願し、今もその頸をつなぎ申したことを、いかにお考えか。
何の遺恨があって、この平家一門を滅ぼそうなどという陰謀を計画したのか。恩を知るのを人と言う。恩を知らぬのを畜生と言う。
しかしながら当家の運命はまだ尽きておらぬから、こうして貴殿をお迎えしているのだ。
日頃の計略について、直々に伺おうではないか」

と仰った。大納言は、

「全くそのようなことは御座いません。他人の戯言で御座いましょう。よくよくお調べください」

と申されたので、入道は話を遮り、

「誰かおらぬか、誰かおらぬのか」

と、お呼びになったので、貞能が参上した。

「西光めの自白状を持って参らせろ」

と仰せつけられたので、持参した。これを取って、2.3べん繰り返し繰り返し読み聞かせ、

「あぁ、憎たらしい。これ以上、何と釈明できるのか」

と仰って、成親卿の顔に自白状をサッと投げかけ、障子を大きな音が鳴るほど思い切り開き、出て行かれた。

入道は、なおも腹を据えかねて、

「経遠、兼康」

とお呼びになると、難波次郎と瀬尾太郎が参上した。

「あの男を捕まえて、庭へ引きずり落とせ。」

と命じられたが、彼らはすぐには実行せず、畏れながらも「小松殿が、いかが思われるでしょう」

と答えると、清盛入道は大いに激怒して、

「よしよし、おまえらは内大臣の命令を重んじて、入道の命令は軽んじるということだな。ならば、仕方あるまい」

と仰ったので、これはまずいと思ったのか、二人の者たちは立ち上がって、大納言を庭に引きずり落とし申した。

その時、入道はいたく心地よさそうにして、

「取り押さえて、わめかせよ」

と仰った。

小教訓

二人は成親卿の両耳に口を当て、

「なんでも構いません、とにかくお声を張り上げてください」

と囁いてねじ伏せると、二声三声わめいた。

その様子は、冥界で娑婆(きゃば)世界の罪人を業のはかりにかけ、あるいは浄玻璃(じょうはり)の鏡に向かわせて、罪の軽重に応じて、阿防羅刹(あぼうらせつ)より呵責(かしゃく)されるようなことも、これ以上ではないように思えた。
蕭何(しょうか)と樊噲(はんかい)は囚われ、韓信(かんしん)と彭越(ほうえつ)は殺されて塩漬けにされた。
晁錯(ちょうそ)は殺され、周勃(しゅうぼつ)と竇嬰(とうえい)は罰せられた。
たとえば蕭何、樊噲、韓信、彭越、これらは皆漢の高祖の忠臣であったが、卑しい者の讒言によって冤罪の恥辱を受けたのも、このようなことを申すのであろう。

新大納言は、自分自身がこのようになるにつけても、子息・丹波少将成経をはじめ、幼い子供たちがどのような目に遭うであろうかと、思い悩むも気がかりである。
ひどく暑い六月に、装束さえ緩めることができず、暑さも耐え難ければ、胸がせきあがる心地がして、汗も涙も争うように流れ落ちた。

「それにしても、小松殿がお見放しにはならないだろうが…」

と思われたが、誰を介して申せばよいのかということも思いつかない。

小松の大臣は、その後、時が長く経過してから、嫡子権亮少将維盛を車の後に乗せながら、衛府の者を4,5人、随身を2,3人召し連れて、兵は1人も連れず、落ち着いた様子でお越しになった。
入道をはじめ、人々は皆、意外な様子で御覧になった。車から下りられるところに、貞能がさっと参上して、

「なぜこれほどの御大事に、軍兵どもを同行なさらないのでしょうか」

と申すと、

「大事とは天下の大事を言うのだ。こんな私事を、大事というわけがないだろう」

と言われて、武装した兵たちは皆落ち着かない様子であった。

「さて、大納言殿を、どこに閉じ込めたのだろうか」

と言って、そこかしこの障子を引き開け、引き開けて御覧になったところ、ある障子の上に材木を蜘蛛手状に四方八方に組まれた所があった。

「ここであろう」

と言って開けられると、大納言がいらした。

大納言は、涙にむせびうつ伏して、目も見合わせられない。

「どうなされた」

お声をかけると、そのとき大納言が小松の大臣を見つけて、嬉しそうに思われた様子は、地獄で罪人どもが地蔵菩薩を見るようなことも、このようではないかと思われるほどに哀愁を帯びていた。

「何事で御座いましょう。今朝からこのような目に遭っております。はてさて、お越しくださいましたので、今はこのような姿ですが、どうかお頼みさせてくださいませ。
平治の乱のときも、本来ならばすでに誅殺されるべきだったところ、御恩をもって頸をつないでいただき、正二位の大納言にまで昇進して、齢、既に40あまりで御座います。
御恩は、永遠に報い尽くし難く御座います。
今度も同様に、値打ちのない命ですが、どうかお助けくださいませ。
この命さえ生きておりますならば、出家入道して高野山か粉河寺に閉じこもり、一念後世の成仏するための修行に勤めたいと存じます。」

と申された。

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「小教訓(前)」登場人物

<藤原成親(なりちか)>
平安時代末期の公卿。中納言・藤原家成の子。正二位・権大納言。作中では新大納言・大納言。
<入道>
平清盛。平家一門の棟梁。伊勢平氏の棟梁・平忠盛の子。
<平重盛>
平安時代末期の武将・公卿。平清盛の嫡男。父を助ける若き武将。作中では内大臣・小松殿・小松の大臣など。

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