» 大国主の国作り-少名毘古那神-「古事記 -712年献上 作者:太安万侶 -」

古事記

古事記

古事記は存在する日本最古の歴史書。
上巻は日本神話、中巻は神武天皇から
応神天皇までの記事、下巻は仁徳天皇
から推古天皇までの記事が収られます。

大国主の国作り-少名毘古那神-「古事記 -712年献上 作者:太安万侶 -」

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大国主神が出雲の美保の岬にいらっしゃるとき、波の穂より天の羅摩船(かかみぶね)に乗って、ヒムシの皮を丸剥ぎにした着物を着て、依り来る神があった。
その名を問えども答えず、また伴の神々に問うても、みな「知らず。」と答えるのでした。
少名毘古那神

大国主神がほとほと困り果てているところに谷蟆(タニクク、蟇蛙のこと)が進み出て、「崩彦(クエビコ)ならば知っているはずでございます」と申し上げました。
そこで崩彦を呼んで問うに「この者は大いなる神産巣日神(カミムスヒノカミ)の御子、少名毘古那神(スクナビコナノカミ)にございます」と答えた。

母神である神産巣日神に申し上げたならば、「この者はまことに我が子ぞ。子の中に、我が手の俣よりくしき子ぞ。汝、葦原色許男命(アシハラシコヲ)と兄弟となって、国を作り堅めよ」と仰せになりました。
※手の俣よりくしき子……手の指の間から落としてしまった子

それからというもの、大穴牟遅神と少名毘古那の二柱は相並び、力を合わせてこの国を作り堅めなさいましたが、あるとき、ふと、少名毘古那神は海のかなた、遥か麗しい常世の国へ帰ってしまわれた。

その少名毘古那神の名と出自を明らかにしたあの崩彦は、今でも山田のソホドと言うのです。この神は、足は不自由ですが、天の下の事をあまねく知る神です。
※ソホド=案山子

さて、少名毘古那を失った大国主神はすっかり落胆した様子で、愁いていました。
「わたし一人でどうやってこの国を作れるというのだろう。
どの神とわたしとで、この国を作ろうというのだ」

するとその時、海を輝き照らして依り来る神があった。
「私を厚く祀ったならば、私はおまえとともに良く国を作ろう。
もしそれができないならば、国を作り終えるのは難しいだろう」

大国主神はすがるような気持ちで言います。
「ならば、あなたさまをお祀りにするには、いかにすればよろしいのでしょうか」
「私を倭の周囲を青垣のようにめぐっている山の、東の山上に祀るが良い」

そうして祀られたこの神は、今は御諸山の頂に坐す神であります。
※御諸山……ここでは奈良県三輪山のこと

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