» 慈覚大師、亘宋、伝顕密法帰来語「今昔物語集巻11・11話-1120年代~1449年-」

中世の物語

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慈覚大師、亘宋、伝顕密法帰来語「今昔物語集巻11・11話-1120年代~1449年-」

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今は昔、承和の御代に、慈覚大師という聖がいらっしゃいました。俗姓は壬生氏といい、下野国都賀郡の人でございます。彼が初めて生まれたとき、紫の雲がたなびいてその家の上を覆いました。
その時に、その国の広智菩薩という聖がいました。広智菩薩は遥かにこの紫の雲を見て驚いて、その家に訪ねて行きました。
「この家にいったい何事があったのですか」
この家の主は答えました。
「今日男の子が生まれたのです」
広智菩薩はその父母に向かって、
「その生まれた男の子は、必ず尊い聖人となるお方です。あなた方は父母とはいえ、その子を深く敬わなければなりません」
そう教えて帰っていきました。
その後、その男の子はしだいに成長して、いつしか九歳の男の子になりました。
あるとき、この子は父母に向かって言いました。
「私は出家したいと思っております。広智のもとへ行って、お経を習いたいのです」
そうして習うべき経を求めていると、法華経の普門品を手に入れることができました。
こういった経緯で、この子は広智についてこの経を学ぶことになったのです。

あるとき、この子が夢を見ました。
その中に一人の聖人が現れて、自分の頭を撫でます。するとその人のそばにもう一人の人がいて、
「お前はこの頭を撫でている人を知っているかな?」
と尋ねました。
「いいえ、存じません」
彼は言いました。
「この方は、比叡山の太師ですよ。お前の師となるお方なので、お前の頭を撫でたのです」
夢から覚めて、この子はその出来事を思い返しました。
「そうすると、自分は比叡山の僧になるに違いない」
彼はそう思って、15歳のときについに比叡山に登り、初めて伝教太師にお目にかかることになりました。
太師は微笑を浮かべてこの上なくお喜びになりましたが、そのご様子はまるで旧知の人と再会したかのようでした。
少年もまた、その姿はかつて夢に見たものとなんら変わりないと思いました。
その後、少年は太師について頭を剃り、円仁という法師となりました。彼は顕密の教えを学ぶようになりましたが、彼は賢く、少しも理解できないことはありませんでした。

そうしているうちに伝教太師がお亡くなりになってしまったので、
「自分は唐に渡って、顕密の教えを学び極めよう」
と決心し、承和二年に唐へ渡りました。
天台山に登り、五薹山に参り、あちこちを歩いては聖跡を拝み、また仏法の伝わっているところに行ってはその教えを学びました。
当時は会昌天子という天皇の御代であったのですが、この天皇は仏法を滅ぼせとの宣旨を下し、寺や塔を破壊して経典を焼き払い、僧を捕らえては俗人にしてしまっていました。
そんな時に、太師は天子の使者に出会いました。太師はたった一人で、従者もいません。使者は太師を見つけて、喜んで追いかけてきます。
太師は逃げて、あるお堂の中に入り込みました。使者が追ってきて堂を開き、太師を探しまわります。
太師はどうしようもなく仏像の並ぶ中に隠れ、不動明王を念じていました。使者はどこをどう探しても僧を見つけることができず、ただ仏像の中に新しい不動尊がおいでになっているのが見えるだけです。。
使者は疑念を抱いてこの不動尊をじっと見ていると、太師がもとの姿になってそこにいらっしゃいました。
そこで使者は尋ねました。
「あなたはどういうお方なのですか?」
「日本という国から仏法を学ぶために来た僧です」
太師は答えました。
使者は太師を恐れて、俗人にかえすことを一旦やめ、天皇にこのことを奏上しました。
すると宣旨があり、「これは他国の聖であるので、すみやかに国外追放せよ」ということでした。そこで、使者は太師を釈放しました。

太師は喜んで、急いで他の国へと逃げて行きました。その途中に、遥かな山を越えたところに人家がありました。
見てみると、厳重に城壁を築いて、周囲は厳重に警備がされていました。その一方に門があり、その前に男が立っています。
これを見た太師は喜んで寄っていき、男に尋ねました。
「ここはどのような場所なのでしょうか」
男は答えました。
「ここはある長者さまの家です。お聖人はどういうお方ですか?」
太師は答えました。
「私は仏法を学ぶために日本という国から渡ってきた僧です。ところが、仏法を滅ぼそうとするときに来てしまったものですから、しばらくの間隠れているために、人里離れた場所にいようと思っているのです」
門番は言いました。
「ここはめったに人が来ないところですし、とても静かな場所です。そういうことでしたら、しばらくここに滞在して、世の中が静まるまでお待ちになってから仏法を学ばれたらよろしいでしょう」
太師はこれを聞いて喜び、男の後について中へ入りました。
すると、即座に門の鍵がおろされました。
男は門を入って遥か奥の方へ入っていきます。太師も共に歩いてご覧になっていると、さまざまな家屋が重なり合っていて、多くの人が住んで騒がしい声が聞こえてきます。
その隣に空家があり、そこを太師の居場所にしました。

太師は、
「こんなに静かなところに来ることができた。世の中が静まるまでここで過ごすに越したことはない」
と喜んで、
「もしや仏法に関わるものでもありはしないか」
と、あちこち探しながら歩き回ってみましたが、仏像も経典も全く見あたりません。
後ろの方に家があって、そこに近づいて立ち聞きしていると、人のうめき声がさかんに聞こえてきました。
不審に思って覗いてみると、人が縛り上げられ天井から吊り下げられ、その下には壺を置かれ、その壺に血が垂らし入れられていました。
これを見てもなにをしているのか全くわからず、尋ねてみましたが答えも返ってきません。
いぶかしみながらもそこを去り、また別の家を覗いてみると、そこでも人のうめき声が聞こえてきます。顔色が真っ青でやせ衰えた者たちが、たくさん横たわっていました。
その一人を差し招くと、這い寄ってきました。
太師は問いました。
「ここはどういう場所なのですか。こんなひどいことが行われているとは」
その人は木の切れ端を取って、糸のように細い腕を伸ばして土に文字を書きました。
「ここは纐纈の城だ。なにも知らずここへ来た人に、まず物言わぬ薬を食べさせて、次に太る薬を食べさせる。その後、高いところから吊り下げて、体のあちこちを切り、血を出して壺に垂らし、その血を使って纐纈を絞り染めにして渡世している。それを知らずにこんな目にあうんだ。食べ物の中に胡麻のような黒ずんだものが入っているが、それが物が言えなくなる薬だ。そんなものを出されたら、食べてしまったふりをして、誰かが話しかけたら口がきけないようにうめいて、決してなにも喋るんじゃない。わたしらもその薬を知らずに食べて、こんな目にあってしまった。なんとかして逃げるんだ。周りの門は厳重に錠をおろして、滅多なことでは出られそうにない」
これを見て、太師は肝が冷え切った思いで呆然としましたが、とにかくもとの場所へ戻りました。
そのうち、人が食物を持ってきました。
見てみると、教えられたように胡麻のようなものを盛って前に置かれました。これを食べるふりをしては懐の中に入れ、外へ捨てました。
食事が終わると人が来て問いかけましたが、うめくだけで物は言いません。
すると「うまくいった」と言いたげな顔で戻っていきましたが、その後で太らせる薬もあれこれと食べさせました。
そして人が去ってから、太師は北東の方へ向かって掌を合わせて礼拝し、
「本山の三宝薬師仏、なにとぞわたくしを助けて故郷へ帰らせてください」
と祈りました。
その時、一匹の大きな犬が現れて、太師の衣の袖を咥えて引っ張ります。太師は犬が引っ張るにまかせてついていくと、とても抜けられそうにない水門がありました。犬はそこから太師を引っ張り出しました。外に出ると、犬は見えなくなりました。
太師は外に出られたと思うと泣きながら喜んで、そこから足の向かうに任せて走り去り、遥か野山を越えて人里に出ました。
慈覚大師、亘宋、伝顕密法帰来語
里の人が太師の姿を見て、
「これはこれは、そんなにお走りになって、聖人はどこからおいでになったのですか」と尋ねます。
「これこれこういうところへ行って……」
太師が説明すると、
「そこは纐纈の城ですよ。人の血を搾り取って渡世しているところなのです。そこに行った人は二度と帰ってきません。本当に仏か神の助けがなければ、とても逃げられないのですよ。あなたさまはこの上なく尊い聖人なのでございますね」
里の人は喜んで去って行きました。
太師はそこからまた逃げて行き、都のほうへやってきて、人知れず尋ねてみると、会昌天子はお亡くなりになって、他の天皇が即位されたので、仏法を滅ぼすことはとりやめになっていたのでした。

太師はかねての希望どおり、青龍寺の義操という人を師として密教を学び伝えて、承和十四年に帰朝して、顕密の教えをお披露目になった、とこう語り伝えられているそうです。


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