» 成務天皇~仲哀天皇「古事記 -712年献上 作者:太安万侶 -」

古事記

古事記

古事記は存在する日本最古の歴史書。
上巻は日本神話、中巻は神武天皇から
応神天皇までの記事、下巻は仁徳天皇
から推古天皇までの記事が収られます。

成務天皇~仲哀天皇「古事記 -712年献上 作者:太安万侶 -」

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第13代 成務天皇
若帯日子天皇(わかたらしひこのすめらのみこと)こと成務天皇は、近江の志賀の高穴穂宮(滋賀県大津市)にて天の下をお治めになりました。
この天皇は、穂積臣の祖先である建忍山垂根(たけおしやまたりね)の娘、弟財郎女(おとたからいらつめ)を后としました。
そしてお生まれになった御子は和訶奴気王(わかぬけのおう)です。

また、建内宿禰を大臣に任じて、国と国との境を定めて大小の国々に国造(くにのみやつこ)をお定めになり、大小の県には県主(あがたぬし)※1をお定めになりました。
天皇の御享年は九十五歳。乙卯の三月十五日に御崩御なされました。
御陵は大和の沙紀の盾列(たたなみ・奈良県生駒郡)にございます。

※1)県(あがた)……国の下に置かれる小行政区画。県主はその首長。

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第14代 仲哀天皇
帯日子天皇(たらしなかつひこのすめらみこと)こと仲哀天皇は、穴門の豊浦宮(下関市長府)、また筑紫の香椎宮(福岡市香椎)にて天の下をお治めになりました。
倭健命の御子、成務天皇の甥御にあたります。
大江王の娘、大中津比売命(おおなかつひめのみこと)を妃とし、お生まれになったのは香坂王(かぐさかのみこ)、忍熊王(おしくまのみこ)。

また、息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)、すなわち神功皇后を正室に迎え、お生まれになったのは品夜和気命(ほむやわけのみこ)。次いで大鞆和気命(おおともやけのみこと)、別の名を品陀和気命(ほむだわけのみこと)と言われます。
この皇太子に大鞆和気命という御名をお付けになったのは、お生まれになったとき、まるで鞆(とも)※2のような肉が御腕に付いていたことが由縁でございます。
皇子は生まれながらにして勇ましい武人であり、皇后の御胎内にいらっしゃった時から国をお治めになられていたのです。この方こそが応神天皇であり、胎中天皇とも言われます。

そしてこの御世に、淡路島の屯倉(みやけ)※3をお定めになりました。

※2)鞆……弓を射るとき、弓弦が手に当たるのを防ぐ武具。弦に触れて高い音を発し、相手に示威する。
※3)屯倉……朝廷の直轄地とその農耕農民。

<<倭建命の最後 || 神功皇后の神がかり


「古事記 -712年献上 成務天皇~仲哀天皇」登場人物

<第13代 成務天皇>
第12代景行天皇の御子。国境を定め、国造や県主を制定し、地方の行政機構を整備したとされる。
<第14代 仲哀天皇>
倭健命の御子。神功皇后を后とした。
<大鞆和気命(応神天皇)>
生まれつき鞆のような腕を持つ

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