» 更級日記「門出」

古代の物語

古代の物語

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更級日記「門出」

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東海道の果ての常陸国よりも、さらに奥の方で生まれ育ったわたくしは、今から思えばどれほど田舎じみて見苦しかっただろうに、何故そんなことを思い始めたのだろうか、世の中に物語というものがあるというのを、どうにかして見たいものだと強く思い詰めていた。

これといったこともない、退屈な昼間や宵の口の団欒などに、姉や継母といった人たちが様々な物語――たとえば光源氏の物語などを、ところどころ語らうのを聞いていると、いっそう、それらを知りたくなった。

――出来るなら、すべての物語を聞いてみたい。

けれど、母も姉も、わたくしが満足できるほど、そらで思い出して語ることは出来なくて、幼心に何とも焦れったく、腹立たしい気持ちになったのだった。

その一途な想いは日に日に降り積もり、ついには等身大の薬師仏を作って、一生懸命にお祈り申し上げるに至った。

更級日記「門出」

「わたくしを、早く京に上がらせて下さい。そして、京に溢れる、たくさんの物語をありったけ読ませて下さい」

手を洗い清め、床に額をついて、そうして祈り続けているうちに、わたくしは十三を数えた。

はたして、薬師仏が願いを聞き届けてくれたのだろうか、その年、父の任期が明けると共に、わたくしも上京することとなった。

九月三日に門出(かどで)して――出発前に吉日を選んで、他所に移ることを「門出」という――いまたち、というところに移った。

父が上総介(かずさのすけ)として在任した、三年間。その間に遊び慣れてしまった屋敷はすっかり様相を変え、まるで外から中が見え透いてしまいそうな有様だった。

御簾は取り払われ、几帳や帳台、厨子といった調度品もすべて移動させられて、支度に大騒ぎした。
それでも、何とか準備が整って、出立のときを迎えた。
日の入り際で、恐ろしく霧が立ち込める中、急き立てられるように牛車に乗り込んだ。

そのとき、ふと見やった先にふたつの眼があった。

それは、あの薬師仏であった。

――わたしを、早く京に上がらせて下さい。

――そして、京に溢れる、たくさんの物語をありったけ読ませて下さい。

人の見ないときに、何度も傍に参っては額を床につけて願った、薬師仏。その薬師仏が、がらんどうになった家の中にぽつんと立っている。

それを見捨てていくようで、小さな罪悪感と悲しみに、わたくしは人知れず泣いた。

門出をして移った建物は、囲う垣根もない、一時的に使うために作られた茅葺きの家だった。
雨風を防ぐ蔀(しとみ)もないので、臨時に簾をかけ、幕を引き巡らせてある。

南は遥かに野の方が見渡せる。東と西は、海が近くて景色が良い。夕霧が立ち渡り、とても趣があるので、翌朝はぐだぐだと朝寝を貪ることもせずに方々を眺めては、ここを立ち去る悲しみをしみじみと噛み締めた。

同月の十五日、雨雲が辺り一面を黒く染め
上げる中、国境を越えて、下総国(しもふさのくに)の「いかだ」というところに泊まった。

庵なども浮いてしまいそうなほど激しい雨が降り注ぎ、怖くてとても眠ることなど出来なかった。

夜が明けて、外を眺めてみると、野中の小高い岡のようなところに、ただ木が三本だけ立っていた。

その日は、雨に濡れたものなどを乾かして、上総で少女たちより遅れて出発した人々を待ち合わせるため、そこで日を暮らした。


「更級日記「門出」」登場人物

<菅原孝標女>
『更級日記』の作者。幼き頃より物語に憧れた、文学少女。

<薬師仏>
孝標女が作った等身大の仏像。

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