» 桐壷(蓬生の宿 後編)「源氏物語-作者:紫式部」

古代の物語

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桐壷(蓬生の宿 後編)「源氏物語-作者:紫式部」

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(命婦から桐壺帝の文を受け取った更衣の母君は)
 「涙で目が見えませぬがこのような畏れ多いお言葉を賜りましたので」

と文に目を通された。

 『時がたてば少しは気持ちの紛れることもあろうかと、心待ちに過す月日が経つにつれて、たいそう抑えきれなくなるのはどうにもならないことである。幼い人(若宮)を、どうしているかと案じながら、(帝自身が)一緒にお育てしていないのが気がかりなことである。やはり(帝を)故人(更衣)の形見と思って参内なされよ』

など、こまごまに書かれていた。

『宮城野※2の露吹きむすぶ風の音に小萩がもとを思ひこそやれ
(宮中の萩に野分が吹いて露を結ばせたり散らそうとする風の音を聞くにつけ、幼子の身が思いやられる)』

と歌も書いてあるが、最後までお読みになれない。

 「(夫の大納言と娘の更衣が先立ち)長生きがとても辛いことだと存じられますうえに、高砂の松※1がどう思うかさえも、恥ずかしく存じられますので、内裏にお出入りいたしますことは、さらにとても遠慮いたしたい気持ちでいっぱいです。畏れ多い仰せ言をたびたび承りながらも、わたし自身はとても思い立つことができません。
若宮は、どのようにお考えなさっているのか、参内なさることばかり(帝は)お急ぎになるようなので、ごもっともだと悲しく拝見しておりますなどと、ひそかに存じております由をご奏上なさってください。
(夫と娘を亡くした)不吉な身でございますので、こうして若宮がおいでになるのも、忌まわしくもあり畏れ多いことでございます」

と更衣の母君はおっしゃる。そのうち、若宮はお寝みになられていた。

 「(若宮を)拝見して、詳しくご様子も奏上いたしたいのですが、帝がお待ちあそばされていることでしょうし、夜も更けてしまいましょう」と(命婦は)言って急ごうとした。

 「子を思う親心の悲しみの堪えがたいその一部だけでも、晴らすほどに申し上げとうございますので、個人的にでもゆっくりとお出くださいませ。数年来、おめでたく晴れがましい時にお立ち寄りくださいましたのに、このようなお悔やみのお使いとしてお目にかかるとは、返す返すも情けない運命でございますこと。
生まれた時から心中に期待するところのあった人で、亡き夫大納言が臨終の際となるまで、

『ともかく、わが娘の宮仕えの宿願を、きっと実現させ申しなさい。わたしが亡くなったからといって、落胆して挫けてはならぬ』

と、繰り返し戒め遺かれましたので、これといった後見人のない(更衣の)宮仕え生活は、かえってしないほうがましだと存じながらも、ただあの遺言に背くまいとばかりに、出仕させましたところ、身に余るほどのお情けが、いろいろともったいないので、人にあるまじき恥を隠し隠ししては、宮仕え生活をしていられたようでしたが、人の嫉みが深く積もり重なり、心痛むことが多く身に添わってまいりましたところ、横死のようなありさまで、とうとうこのようなことになってしまいましたので、かえって辛いことだと、その畏れ多いお情けを存じております。このような愚痴も理屈では割りきれない親心の迷いです」

と、母君は最後まで言えず、涙で咽んでしまっているうちに夜も更けてしまった。

 (命婦も)「主上様もご同様でございまして。『御自分のお心ながら、強引に周囲の人が目を見張るほど御寵愛なさったのも、長くは続きそうにない運命だったからなのだなあと、今となってはかえって辛い宿縁であった。
 決して少しも人の心を傷つけたようなことはあるまいと思うのに、ただこの人との縁が原因で、たくさんの恨みを負うはずのない人の恨みをもかったあげくには、このように先立たれて、心静めるすべもないところに、ますます体裁悪く愚か者になってしまったのも、前世がどんなであったのかと知りたい』と何度も仰せられては、いつもお涙がちばかりでいらっしゃいます」

と話しても尽きない。

 泣く泣く、
「夜がたいそう更けてしまったので、今夜のうちに、ご報告を奏上しよう」

と急いで帰参しようとする。
 月は入り方で、夜空は清く澄みわたり、風がとても涼しくなって、草むらの虫の声ごえが涙を誘うようなのも、まことに立ち去りがたい庭の風情である。

「鈴虫の声の限りを尽くしても長き夜あかずふる涙かな
(鈴虫の鳴く声に誘われて声の限りに泣いても、長い秋の夜を尽きることなく流れる涙でございますこと)」

(と歌を詠み命婦は)お車に乗りかねている。

「いとどしく虫の音しげき浅茅生に露置き添ふる雲の上人
(ただでさえ虫の音のように泣き暮らしておりました荒れ宿に、内裏からのお使い人のあるごとに、さらに涙がこぼれます)
恨み言もつい申し上げてしまいそうで」

と(母君は)取り次ぎの女房に言わせなさる。
 趣のあるような御贈物などあらねばならない時でもないので、ただ亡き更衣のお形見にと、このような入用もあろうかとお残しになった御衣装一揃いに、御髪上げの調度のような物をお添えになる。

 若い女房たちは、悲しいことは言うまでもないとして、内裏の生活を朝な夕なと馴れ親しんでいるので、たいそう物足りなく、主上のご様子などをお思い出し申し上げると、早く参内なさるようにとお勧め申し上げるが、

「このように忌まわしい身が付き随って参内申すようなのも、まことに世間の聞こえが悪いであろうし、また、しばしもお顔を見申さずにいることも気がかりだ」
とお思い申し上げなさって、思い切って若宮を参内させなさることがおできになれないのであった。

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※1:高松…当時の播磨国、現在の兵庫県の地名。松の名所として知られる。松は長寿の象徴。この高砂の松の元の和歌がどこから持ってこられたかは、いくつか説がある。

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「物語のタイトル」登場人物

<更衣の母君>
桐壺更衣の母。亡き大納言の遺言に従い娘を宮仕えさせ、帝の寵愛が一因で亡くしたことを悔やんでいる。
<靱負の命婦>
桐壺帝が更衣の実家へ遣わせた使者。更衣の母君の気持ちを理解しているが、帝の使者である板挟みとなっている。
<若宮>
桐壺帝と更衣の間に生まれた皇子、後の光源氏。この文章中では子どもゆえかすでに床についている。
<桐壺帝>
時の帝。この文章中では手紙の中でのみ登場。若君を引き取って育てたいので、更衣の母君にも参内するよう求めている。

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