» 殿上闇討「平家物語 -作者:藤原行長(異説有) -」

平家物語

平家物語

平家物語」は平家一門の栄華と
滅亡を描いた軍略期。平安末期の
貴族政治から武家政治への以降期に、
日本で起こった内乱が描かれています

殿上闇討「平家物語 -作者:藤原行長(異説有) -」

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五穀豊穣の節会の夜に平忠盛(たいらのただもり)を闇討ちする陰謀が進んでおりました。
その事を人伝に聞いた忠盛は「私は文官の身ではない。武家に生まれ、今思いがけない恥を受けては平氏にも自分にも不本意な事だ。『我が身を持って主君に仕える』事こそ努めだ」と言いかねてより準備に取り掛かった。
参内のはじめから大きな鞘巻を用意し、束帯の下に差し、灯のほの暗い方に向かって静かに抜刀した。刃が鬢に当たった。それが氷のように冷たくさも鋭利に輝く。公家達は目を凝らした。

その上、忠盛の郎党で元は同じ一門であった木工助を生業にする木工助貞光(むくのすけさだみつ)の孫で(しんのさぶろうたいふいえふさ)の子に、左兵衛尉家貞(さびょうえのじょういえさだ)という物がいました。
家貞が淡青の狩衣の下に萌黄おどし腹巻を着て、弦袋をつけた太刀を脇に挟んで殿上の小庭に畏まり控えております。

蔵人頭たちはその様子を怪しく思い「空柱の内側にある鈴の綱あたりで布衣を着て控えているものは何者だ!無礼である。退出せよ」六位の蔵人に命じて言わせたが
家貞は「代々お仕えしている主君の備前守殿が今夜、闇討ちにあうとの話を承りその行く末を見届けるために控えております。決して退出は致しませぬ」と姿勢を崩さずなおも控えている。

公家達はこの様子では折が悪いと思ったのかその夜の闇討ちはありませんでした。

忠盛が鳥羽院の御前に召されて舞を披露したところ、人々は拍子を変えて「伊勢平氏は斜視だ!」とあざ笑った。
伊勢平氏は、口に出すことも恐れ多い事でありますが、桓武天皇のご子孫です。しかしながら、都の生活も疎遠となり地下人としてのみ働くようになって、伊勢国の暮らしが縁深くなっていた。
そのため、特産である焼き物からこじつけ「伊勢平氏」と名乗ったのです。その上、忠盛の目は斜視であったため、そのように罵られたのでした。

忠盛はどうしようも無く、御遊びもまだ終らないというのにこっそりと退出しようと、紫宸殿北側の公家が見える様に主殿司を呼び差していた刀を預けて後に退出しました。
忠盛を待っていた家貞に「ご様子はいかがでございましたか?」と声をかけたれた。忠盛は「格別な事もない」と答えた。もし、忠盛が真実を語っておれば家貞は殿上まですぐに斬り掛かりに行ったでしょう。家貞はそういう男でした。

五節には「白薄様やごぜんじの紙、巻き上げ筆に鞆絵かいたる筆の軸」など様々な面白い歌が歌われ舞が舞われた。少し前には、太宰権師李の仲卿が肌が黒かった為に「黒師」とあだ名が付いていました。
黒師がまだ、蔵人頭(くらどがしら)をしていた時の五節では、「黒や黒や…黒い頭だ。どんな人が漆を塗ったらそう黒くなるのか」とあざ笑われました。
花山院の前の太宰大臣の忠雅卿が10歳の時にも父中納言の忠宗に先立たれ、孤児となった忠雅を中御門藤中納家成卿が播磨守をそしている時に娘の婿として迎えた。
忠雅がはでに暮らしていた。それも五節の時に「播磨の米は、木賊か椋の葉か。人の装いを磨いている」とやはりあざ笑われた。
「昔はこのような事があったものの何事も起こらなかった。今のような末世では何があってもおかしくはない。何も怒らなければよいのだが」と噂は絶えなかった。

案の定、五節が終わると公家たちはそろって上皇に苦言を呈した「太刀を差して公の宴に列席し、護衛の兵を宮中に連れ込むのは、格式に定められた礼を守るべきです。それぞれ勅命や古来よりの定めなのです。それなのに忠盛は、先祖代々の家来だと言い訳をして無位無官の武士を殿上のお庭にまで連れ込みました。また、刀を帯びた姿で節介に出席もしました。これらは前例にない狼藉です。既に悪事は重なっており言い逃れはできません。早々に殿上人から除いて、官職を取り除くべきでありましょう。」

この自体に大いに驚いた上皇は、忠盛をお召しになり質疑をなされました。

忠盛は「まず、郎党が小庭に控えていた事は、全く知らぬ事で御座います。最近、私を陥れる陰謀があったと聞いております。古くからの郎党はそれを耳にして、私を辱めないように助けようと密かに控えていたのでしょう。そればかりは私にはどうしようもない事です。もし、それでもなお罪に問うのであればその郎党を差し出しましょう。また、刀については、主殿司に預けておきました。その刀が実物かどうかをお確かめになり処罰を下してください。」と弁明しました。

上皇は最もな事であるとその刀を取り寄せご覧になりました。
平家物語―殿上闇討
表面は鞘巻で黒く塗られていましたが、中身は木刀に銀ぱくをほどこしたものでした。

上皇は「その場の恥を逃れるために帯刀しているように見せかけ、起こりうる苦言を考慮して木刀を用意していた周到さには実に感心である。弓矢に携わる者の心得は、こう会ってほしいものである。郎党が小庭に控えし事も武門の習わしである。忠盛には何の咎もない。」
そうおっしゃり罪に問うどころかかえってお褒めを賜る事になったのでした。

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