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中世の物語

中世の物語

平安時代の雅から一変武士の社会へと
変わった時代。妖怪のお話や武士や
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牛鬼

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むかしむかし、石見の国の漁村には、かつて侍であった一人の男が、妻とともに暮らしていた。

ある夜、男が夜釣りのために磯場へでかけて釣り糸を垂らすと、少しも待たぬ間に次から次へと魚が釣り上がった。
「おお、今日はどういうわけか調子がいいじゃないか」と初めはその面白いほどの入れ食いに喜んでいたが、釣れた魚が桶の中に入りきれないほどになると、今度は奇妙に思えてきた。
「今までこんなに釣れたことなど一度もなかったが、おかしなこともあるもんだ」
この様子であればこの辺りの海のなかにはまだまだ無数の魚が群れでもなしているのだろうかと暗いながら目をこらしていたときであった。
「もし」と後ろから声をかける者があった。
振り向くと、そこには女が佇んていた。
女は黒く長い髪の先や服の裾から水を滴らせており、腕には赤子を抱いている。
「もし、その魚を一匹この子にくれませぬか」
男は怪しく思ったものの、桶に入りきらなかった魚を一匹寄越してやった。
すると赤子は女から与えられた生の魚をぼりぼりと頭からたいらげてしまった。
男はぎょっとしたが、女は構わず再び手を差し出した。
「もう一匹くれませぬか」
そうしてもう一匹、もう一匹とせがまれるままに魚を渡していると、あれだけあった魚がついぞすべて赤子の腹におさまってしまった。
すると次にまた女は言った。
「その腰の物をくれませぬか」
気味悪く思った男は逆らうことができず、差していた脇差を渡すと、それもすぐさま赤子がバキバキッという音をたててうまそうに貪り食ってしまった。
そして女は満足そうに笑うと、「この子を抱いていてくださいな」と言って赤子を無理やり男に押し付けると、すうっと暗い海の中へ消えていきました。
いよいよ仰天した男がこの場を離れようとしたときでした。
ざあっと海が大きく盛り上がったかと思うと、中から鬼のような形相をした牛の化け物が男を睨めつけていた。
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「た、助けてくれーー!」
足をもつれさせながら一目散に逃げ出そうとするも抱いた赤子がどんどん重くなるではないか。捨て置こうとしても腕に張り付いて離れず、男はとうとうその場で尻もちをついてしまった。
目の前で牛鬼が角をふりかざし、もはやこれまでと男は身をこわばらせる。

ちょうど同じ頃、男の家では妻が針仕事をしていると、突然居間の刀架けにあった男の愛刀が、カタカタと音を立てて震えたかと思うと、鞘から抜けて外へと勢い良く飛び出していった。刀は闇夜を縫って磯場にたどり着くと、今にも男に襲いかからんとする牛鬼の眉間目がけて勢い良く突き刺さった。
すると、地鳴りのような絶叫を上げた牛鬼は悶え苦しみながら赤子とともに消え去って、男は一命を取り留めたのだった。


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