» 玉水物語:後篇-「御伽草子」

古代の物語

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玉水物語:後篇-「御伽草子」

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玉水の養母は正気の時は心配そうな事を言い、時々、物の怪に苦しめられ、この世のものとは思えぬ様子を見せました。
それが少し静まっている時に、
「わたくしはこのような有様ですので、じきに命が絶えるでしょう。不憫なこと。わたくしがこの世からいなくなれば、誰を母と思って頼りになさるのでしょう。わたくしの母から譲られた鏡があります。これをわたくしの形見にご覧なさい」
と、玉水に形見の鏡を渡しました。

養母は「早く帰りなさい」、と勧めますが、玉水は置いて行き難く、一日二日と過ぎる内に既に三日も経っていました。姫君から玉水の帰りを促す手紙が届きます。

『母君のご病気はお気の毒ですが、少しでも御加減がよろしいようならば早く帰っていらっしゃい。此方は貴女が居ないと寂しく、心が暗い心地です』

養母はこの手紙を読み、「ありがたいお言葉です」と、玉水が目を掛けて頂いていることを喜びました。月さえからも細々とした手紙が届きました。

『かたじけないお手紙をありがとうございました。貴女様を忘れたことは片時もありませんが、病の母を置いて行き難く、なかなか帰れないでおります。少しよくなったら参上し、自らお話申し上げたいと思います』
玉水はそう返事を返しました。

養母の物の怪が起これば一緒に集まって嘆き、よくなると皆の気が緩み、夜更けには寝静まっていました。そんな中、玉水が一人で看病している時のこと。毛が一本もない禿げた古狐が立っていました。よくよく見れば玉水の父方の伯父でした。
互いに、これは不思議なこと、どうしたのかと尋ねます。
「私は縁あってこの病人を親と頼んでおります。出来ることならば養母より立ち退き、この苦しみから解放してください」
「それは断じて出来ぬ。この病人の父親は、我の大切な子をさしたる咎もなく殺めたのだ。どうして思い知らさずにいられよう。我もこやつを悩まし、命をとり、同じ思いをさせてやるのだ」
と、古狐は語りました。玉水は、
「お怒りはごもっともです。ですが、一時の怒りのままにこの病人を殺めるなど、罪深きこと。どうか立ち退きお助けください」
と、仏様の教えを用いて古狐を説得します。
玉水の必死の説得に、古狐も、
「まことにこの病人を殺めたとて、恋しい我が子は帰って来ぬ。一途に子の菩提を弔ってやって欲しい。我は出家し山深く閉じ籠り念仏を唱えるつもりだ」
と、養母の元から去って行きました。

養母の具合はすっかり良くなりました。玉水は物の怪の正体について語り、養母に心当たりのあった、射殺された狐の供養を営みました。玉水は安心して姫君の元へ帰りました。

十一月になり、御屋敷は姫君の入内の準備で大忙しです。
玉水は中将の君という名が与えられ、女房として姫君と一緒に御所に上がるよう定められました。しかし玉水は喜んだ様子もなく、常に気を落としていました。姫君がどうしたのかと尋ねても、今は言えないという返答で、姫君は心配でなりません。

入内の日が近くなるにつれ、玉水はつくづくと考えていました。
「獣の身でありながら、御近付きになりたくて、御傍でお仕えして心を慰めてきたが、思えば儚いことをした。姫君に正体をお聞かせしたいけれど、今更思いも寄らないことと怖がられては辛い。この入内の時に紛れて姿を消してしまおう。私の化けた姿も、よくも今まで見つからなかったものだ」
と不思議に思いつつ、自分の部屋に閉じ籠り、姫君の姿に一目惚れしたあの日の自身と、今日までのことを書き連ね、小さな箱に入れました。

その箱を持って姫君の元へ参った玉水は、
「何となくこの頃は世の無常を思い知らされ、苦しく思います。もし私が消え失せてしまった時のことを考え、この箱をお渡ししておきます。私に何かありましたら、この箱を開けてご覧ください」
と箱を差し出して言いました。
「どうしてそのようなことを。わたくしの将来を見届けてはくれないの」
「御所へも御供致します。ですが、もし何かあってはと心配になりまして。儀式の時は何かと忙しくこれをお持ち出来ないかもしれないと考え、今参上致しました。この箱を唯一の物とお考えの上、月さえ殿にもお見せなさいませんよう。中に入っている更に小さな箱は、何年も何年も経って、姫君が世をお捨てになさる時に開けてください」
姫君は泣きながらも、「貴女にはいつまでも傍にいてほしいのに」と嘆き、箱を受け取ります。二人は互いに咽び泣きました。
月さえもやって来て、辺りが慌ただしくなってきたので、玉水は何となく誤魔化してその場を去り、姫君もさり気なくこの箱を引き隠しました。

玉水は、いよいよ入内の時の慌ただしさに紛れ、車に乗るふりをして、何処かへ姿を消しました。
姫君は玉水の行方を嘆き、方々へ捜しに行かせても、玉水の実家にも、姿はありませんでした。余所から帰って来るのを待っても、姿を見せることはありません。
姫君は勿論のこと、同僚の女房たちや、姫君の父上も、優秀な玉水が居なくなってしまったことを悲しみました。

姫君は箱の中が気になるのですが、帝が常においでになるので開けることが出来ません。そんな中、帝が行幸に行かれるので、この機会にとこっそり開けてみました。

そこには終始のことが書かれていました。恐ろしくも、哀れに思います。
「わたくしの為に化け、最後まで隠し通し、志を見せるとは、獣ながらあわれなこと…」
涙ぐみつつ読んでいると、この巻物の奥には長歌が書かれていました。その長歌には、姫君への想いゆえに離れ難くも住み処を離れ、朝夕御傍でお仕えして心を慰めていたこと、姫君が入内することになり、我が身の拙さが思い知らされたこと、来世まで姫君をお守りすることなどが読み込まれていました。

色に出て言はぬ思ひの哀をも此言の葉に思ひ知らなん

濁りなき世に君を守らん

人に開けられてはならないと伝えた中の小さな箱についても、
『これは人から嫌に思われず、年を重ねても、夫から愛される箱です。帝とご夫婦の間は決して開けてはいけません。出家なさる時などにご覧くださいませ』
など、細々と書いてあります。
玉水物語
獣の身ながら玉水の優しさに、姫君は深く心を打たれたのでした。

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