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中世の物語

中世の物語

平安時代の雅から一変武士の社会へと
変わった時代。妖怪のお話や武士や
城主のお話までご紹介しております。

目ひとつの神「春雨物語」

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4.5/5 (4)

あずまの人は興趣をわからぬ田舎者ばかりで歌などどうして詠むのか?という風潮です。
そんな東国の相模国小余綾の浦に住まう若者がいました。

若者は心優しく、何事につけても風雅の思いに募られていました。

どうにかして京の都に上がり身分の高いお方から直々に歌を学んでみたい、そのような方から教えを受けたなら、「花のかげの山がつよ(田舎者でも風流を愛する者よ)」と言われるほどには上達するであろう。
そう考えていると都に赴く気持ちが抑えられなくなりました。

「鶯は田舎の谷の巣なりとも、だみたる声は鳴かぬと聞くことを(ウグイスは田舎で育っても方言をで鳴いたりしないと聞きます)(※1)」
と母親に話して旅立ちの許しを乞いました。

「近頃は応仁の乱の名残で行き来の道筋は立ちふさがれ、たいそう不便だと噂をきいている」
母親は諌めてみましたが若者の意思は固く
「よくよく考えて決めた道ですから」っと従いません。

母親も乱世に生きる人、鬼々しくこそないけれど
「早く行って早く帰って来なさい」
とこれ以上止めることもなく、別れを悲しむこともしないで若者を旅立たせました。

数多とある関所の手形を手に入れて途中で咎められることもなく近江国に入っていよいよ明日には都に着くという日のことでした。
若者は気がはやって宿をとりそこねてしまいました。

仕方なく奥石神社の神域の木立に紛れ込み、今宵は野宿しようと覚悟して、松の根の枕を探しに森の奥へ奥へとわけはいりました。

しばらく進むと風が吹いくわけでもないのに大木が朽ち倒れました。
大木を踏み越えてはみたものの薄気味悪く、しばらく足を止めた。
落ち葉と小枝が道を埋め尽くし浅沼でも渡るように着物のすそがぐっしょりとぬれていたのも悲しい気分になった。

ふっと見ると小さな社が建っていました。
ひさしは落ち壊れ、階段は崩れ落ち、草が高く生い茂り、一面苔むしています。

昨晩誰かが野宿していたのか少し草がかき分けられていたので若者はそこで野宿することとしました。
荷をおろし、心を落ち着けてみるとかえって恐ろしさは増す一方でした。
高く茂った木々の梢の間からキラキラと瞬く星の光は見えますが月が出ておらず夜露がひとしお冷ややかです

「この分では明日の天気が思いやられる」
若者が独り言を言って眠りにつこうとした時のことです。
不思議や不思議、こちらに向かって人が寄ってくるのです。

その姿は背は高く、手には矛を持ち、神代の時代に天孫の邇邇芸命を案内したと言われる猿田彦大神を思わせます。
その後に付き従って修験者が柿染の衣の袖を方に結び金剛杖をつき鳴らしています。

修験者に付き従って女房が白い小袖に赤い袴の糊が利いた裾をはらりはらりと踏み散らしながら歩いて来ます。
檜の扇をかざしている人懐っこい顔を見れば白い狐であった。

女房に付き従って童女がぎこちなく見えます。
この童女も狐です。

社の前に並び終えると矛を持った猿田彦大神のような神主が天神寿詞を声高らかに唱え上げます
「現御神 大八嶋國所知 食めす大倭根子 天皇御前 天神乃寿詞稱辭竟 奉と申まをす・・・」

夜はまだ深くはありませんが祝詞の木霊が響き渡り恐ろしい。

神殿の扉を乱暴に開け放って何者かが出てきました。
見ると、髪は長く顔に乱れかかり、目は一つで爛々と輝き、口は耳の付け根まで避けている上に鼻は有るか無いかわかりません。

白い袿がねずみ色になったものに柄のない藤色の袴を着けている。
袴はおろしたてのようです。
団扇を右手に持ってたたずんでいる様子がなんとも恐ろしい。

神主が口を開きます。
「これなる修験者は、昨日筑紫国を出て山陽道を通り都に滞在していた所、愛宕山の太郎坊のお使いしてこの地を通る事となり、一度ご挨拶を申し上げたいと申して山土産に肉を油で煮しめたものと出雲国松江の鱸を2尾、これはわざわざ従者どもにとらせ、今朝都に到着したばかりのものを持参してまいりました。新鮮なところをさっそくなますに作りお供え申し上げます。」

次に修験者が口を開きます。
「愛宕山の太郎坊、あずまの君に申し上げ、ご相談しなければならないことがありお使いにまいりまする。争乱が起こっても、お近くまでお騒がせ申すことのないように」

目ひとつの神が大きな口を開きました。
「この国は無やくの湖水に狭められ、山の物も海の物も共に乏しい。せっかくの賜物、急ぎ酒盛りをしようではないか」
そう仰せられると童女が立ち上がります。

童女は御湯を奉った竈の壊れてあるのに木の葉、小枝、松笹などをかき集めて燻らせます。
めらめらと燃え上がる炎明かりに辺りは隅々まで照らされました。

若者はあまりの恐ろしさに笠を被り狸寝入りをして生きた心地もしないままじっとしていると目一つの神が申します。
「早う酒を温めよ」
すると、猿と兎が大きな酒瓶を棒でかつぎ、よろよろと苦しそうに歩いてきます。

神主が
「早くいたせ!」
と責めます。

すると、猿と兎は
「肩の力が弱くて」
とかしこまっています。

童女はてきぱきと酒盛りの準備を整えてゆきます。
大きな素焼きの土器を7つ重ねて、目一つの神の御前に重そうにお供え申し上げます。

女房がお酌をし、童女が正木の葛の襷をかけ、火を燃やして物を温める様はいかにもまめまめしい。
土器の上4つをとって5つ目を神に奉ります。

なみなみと酒を注がせて
「うまし、うまし」
っと目ひとつの神が言います。

続けて飲み、
「修験者よ。汝は客人じゃ」と土器をわたされた。

そうこうしていると目ひとつの神は仰られました。
「あの松の根枕に寝たふりをしておる若者を呼んで相手せよと申せ」

すると白狐の女房が若者に近づき
「お召でござります」と声をかけてきた。

生きた心地がしないまま這い起き4つ目の土器を賜りました。
「飲め」目ひとつの神は一言若者に申しました。
目ひとつの神
酒はあまり強くはない若者でしたが一気に酒を飲み干します。
「肉叢(ししむら)、膾(なます)いづれも好むものを与えよ」
と目ひとつの神は命ぜられると続けて申されました。

「汝は都に上りものをまなぼうというか?それは手遅れな事じゃ。4、500年前ならば師という人もあった。乱れたる世には、書物を読み知識を深めるものなどいやしない。身分を持つ者もおのが所領を奪われ困窮しておるあまりに芸は我が家秘伝であるとたばかって職を得ている有り様。裕福な民や猛々しき武士までがこれに騙され私財を積み上げ教えを請うておる。なんとも愚か。身分有る風流人がいとまに楽しむものに秘伝なぞない。才能というものはおのずから定まっておる。親が賢いからといって、その子まで同じ学びを受けるとは限らん。ましてや、書をしるし、歌を読む技はおのが努力の賜物である。どうして、教えのままに導かれようか?」

酒を飲み更に続けます。

「もっとも物事の初めに師を求めること、芸の道に入る手立てではある。深く極めて行くには、おのが道を作るほか学び習う道などあろうはずなかろう。あずま人は心猛々しく田舎者で、素直な者は愚直であり、賢く見える者はずる賢く、たいした頼みにはならねど国に帰って隠れ住む良い師匠を見つけて励むが良い。よく考えてこそおのがわざとならん。酒を飲め。寒きよに」

社のうしろから法師が出てきて言いました。
「酒は戒律破りに成る。また、醒めるのも早い。今宵は一杯だけ頂きましょう」
法師は神の左にあぐらをかいて座ります。

顔は丸く平べったく、目と鼻は輪郭がはっきりとしている。
右脇に携えていた大きな袋を置いて「土器を」っというと女房が土器を法師に渡しました。

「から珠や、から珠や」
女房は扇を取ると艶やかな声で歌い出しました。

しかし、これがまた薄気味悪い。
「いくらお前が扇で飾っても太く長い尻尾がそのままでは誰も言い寄るものはいまい」
法師は言いました。今度は若者のほうを向き話し出します。

「若きお方。神の思し召しに従い早々に帰られるが宜しい。山や野には盗賊が居て容易くは通れませぬ。ここまで無事来れたことが奇跡。修験者があずまに参られるから、その裾にでもつかまって帰られるが良い。父母せば遠く遊ばず、遊ばば方有り(※2)」
法師はそう言うと酒をグビリと飲み言います。

「魚類は生臭くて行けない」
そういうと法師は大きな袋の中からかぶらを干したものを取り出してかじりはじめました。
法師の顔が童顔であることがまた恐ろしく感じます。

「皆様が同じ考えであるなら私は思し召しに従いまして明日は、都に上りますまい。国に帰り書を読み、歌道にも励むことと致します。小動の漁夫にすぎない私にも志すべき道を得ることができました」
若者はそう言って歓喜しました。

土器が幾度か巡るうちに誰かが
「そろそろ夜も明ける頃でござります」
と申し上げました。

すると神主は酔っているのか矛を突いて立ち上がり、祝詞を上げ始めました。
しかし、老人の上げる祝詞はおかしく聞こえます。

「お暇頂くとしよう」
と修験者は金剛杖を若者に向けると
「これにつかまりなさい」
と言いました。

目ひとつの神は扇を取り
「一目連(※3)がここにいるというのに手をこまねいているわけにもいかぬ」
そいういと若者を空に向かって扇ぎ始めました。

酒瓶を持ってきた猿と兎はのたうち回って笑っています。
修験者は樹木の先辺りで待ち伏せて若者を抱えて飛び去って行きました。

法師は大笑いしながら言います
「あの男よ!あの男よ!!」

法師は低い足駄をはいて袋を背負うさまをみるとどこかで見たような・・・
「布袋様?」

法師と神主は紛れもない人間です。
人間でありながら化生と交わり惑わされることもなく、人を惑わすこともなく白髪に成るまで長生きしていたのです。
すっかり夜が明けるとそれぞれのねぐらに帰って行きました。

女房と童女は神主が
「ここに泊まるが良い」
と言って連れ立った。

この夜のことは、神主が100年生き延びて日課の手習いをしたのの中に書き残されていたものです。
墨を黒々とぶっきら棒で誰が見ても読むことは困難でしょう。

文字の崩し方もだいたい間違っています。
神主自信はよくかけたと思っていたのでしょうね。

(※1)「鶯は田舎の谷の巣なれどもだみたる聲は鳴かぬなりけり(ウグイスは田舎の生まれだけど、鳴くときに方言で鳴いたりしない。)」と西行法師の和歌が残っています。本文に戻る

(※2)論語の一節。両親が健在のうちは遠くへ旅立ってはならないという意味です。本文に戻る

(※3)「ヒトツメノムラジ」とも呼ばれる多度大社の祭神の一柱。本文に戻る


「目ひとつの神」登場人物

<若者>
東国の田舎に住んでいる若者。京の都で歌を学んでみたいと西を目指して旅にでる。
<目ひとつの神>
現在の滋賀県、奥石神社の神域の森の奥にひっそりと佇む社の神様
<修験者>
愛宕山の太郎坊のお使いで奥石神社の近くに寄ったので挨拶に来た。

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