» 祇王(中篇)「平家物語 -作者:藤原行長(異説有)-」

平家物語

平家物語

平家物語」は平家一門の栄華と
滅亡を描いた軍略期。平安末期の
貴族政治から武家政治への以降期に、
日本で起こった内乱が描かれています

祇王(中篇)「平家物語 -作者:藤原行長(異説有)-」

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こうして今年も暮れた。翌年の春頃、入道相国は祇王のもとに使者をたてこういわれた。

「その後どうしている。仏御前があまりにさびしそうであるから、
 こちらへ参って今様を歌い、舞でも舞って、仏を慰めてやってくれ」

祇王はそれに対して返事をしなかった。

「なぜ祇王は返事をしない。参らないつもりか。ならばその理由を申せ。こちらにも考えがある」

入道の言葉に、母とじは悲しくて、どうしたらよいかわからない。
とじは泣く泣く娘を諭してこう言った。

「ねえ祇王御前、とにもかくにも返事を申しなさい、このようにお叱りを受けるよりは」
「お邸へ参上しようと思うのならば、すぐに参ると申し上げます。
 でも参らないつもりですから、なんとお返事してよいかわかりません。
 今度召しても参らぬならとりはからうことがある、というのは
 都の外へ追放されるか、命を召されるか、この二つ以外にはありません。
 たとえ都の外へ出ることになっても、嘆くべきことではありません。
 命を召されるにしても、惜しい我が身でありましょうか。
 一度嫌なものと思われて、入道さまに合わせる顔もありません」

祇王はこう言ってやはり返事をしなかったが、母は重ねてこう諭した。

「この国に住む限り、とにもかくにも入道さまの言葉に背いてはならぬといいます。
 男女の縁や宿世というものは、今に始まったことではないのですよ。
 千年万年添い遂げたいと夫婦の契りを結んでも、すぐに別れる仲もあるし、
 ほんの仮初めに夫婦となっても、そのまま連れ添い生涯を終えることもあります。
 世に定めのないのが男女の常。それに、そなたは入道さまのご寵愛を受けていたのだから、またとないお情けではありませんか。
 お召になったとき参らないからと命を失うなんてことはないでしょう
 きっと都の外へ出されるのでしょう。たとえ都を追放されても、そなたたちは若いから、どんな辺鄙な場所でも暮らすことはきっと容易いでしょう。年老い衰えた母も、都の外へ出されるでしょうが、慣れない田舎暮らしを想像するだけでも悲しいことです。どうか私を都の中で一生を終えさせて欲しい。それがなにより、この世、あの世での親孝行だと思うのです」

祇王は、西八条へ行くのは嫌だとおもっていたが、親の言いつけに背くまいと、泣く泣く出かけることにした。その心中はまことに痛ましいことであった。

祇王一人で参るのはあまりにつらく、妹の祇女も連れて行った。
そのほか白拍子二人、あわせて四人が同じ車に乗って西八条へ参った。
すると以前に召された場所へは入れず、ずっと下手に座席を設けられた。

「これはいったいどういうことでしょう。我が身に過失なく入道さまに捨てられたことでさえひどいと思うのに、座席までもこのように下げられるとは、なんとつらいことか。どうしたらいいのでしょう」

祇王はその心中を知られまいと悔し涙を袖で押さえていたが、その袖の間からも、抑えきれない涙がこぼれ落ちた。
仏御前はこれを見てとても気の毒に思い、入道にこう言った。

「あれはどうしたことでしょう。日頃お召にならない所でもないのですから、どうかここへお召ください。そうでなければ私にお暇をください。出て行ってお会いしましょう」

入道は「そんなことはならぬ」と言われるので、仏御前は祇王のもとへ出て行けなかった。
その後、入道は祇王の心中も知らず彼女へこう言った。

「どうだ、その後何事もないか。それでは仏御前があまりに淋しげに見えるから、今様を一つ歌ってくれ」

祇王は、参ったからにはとにかく入道の言葉に背くまいと思っていたので、落ちる涙をおさえて今様を一つ歌った。
祇王
  仏も昔は凡夫なり  我等もつひには仏なり
  いづれも仏性具せる身を  隔つるのみこそ悲しけれ

(仏も昔は凡人であった。我等もしまいには悟りを開いて仏になれるのだ。
 そのように誰もが仏になれる性質を持っている身なのに、仏(仏御前)と自分を分け隔てするのが、ほんとうに悲しいことだ)

祇王が泣く泣く二遍歌ったので、その場にたくさん並んでいた平家一門の公卿、殿上人、諸大夫、侍に至るまで、みな感動して涙を流した。入道も興味深く思い、こう言った。

「時節らしく殊勝に申した。次は舞も見たいが、今日は他に用事ができた。
 これからは召さずとも、いつも参って今様を歌い、舞なども舞って、仏を慰めてくれ」

祇王はなにも応えず、涙をおさえて退出した。

「親の言いつけに背くまいとつらい道に赴いて、また悲しい目に遭ったこのつらさ
 こうしてこの世に生きていては、また悲しい目に遭ってしまう。今はただ身を投げようと思います」

祇王がこう言うと、妹の祇女も「姉が身を投げるのなら、私も共に身を投げます」と言った。
母のとじはそれを聞くと悲しくなり、どうしていいかわからない。泣く泣くまたこう諭す。

「ほんとうに、そなたが恨むのも道理です。そんなことがあろうとは知らず、諭して参らせてしまったことがつらい。そうはあっても、そなたが身を投げるなら妹も一緒に身を投げるといいます。二人の娘に先立たれるなら、老い衰えた母が生きていても仕方がないから、私も一緒に身を投げましょう。まだ死期の来ていない親に身を投げさせるのは、五逆罪ではないでしょうか。この世は仮の宿、恥をかいてもかかなくても、どうということはありません。ただ、未来永劫にわたり光明の浄土に往生できず、暗黒の世界に落ちることこそとてもつらい。この世はともかく、あの世でさえ、そなたが悪道に赴かなければならないことはどれだけ悲しいことでしょう」

母がさめざめと泣いて口説いたため、祇王は涙をこらえてこう応えた。

「そういうことであれば、私が五逆罪に当たることは間違いないでしょう。それならば自殺は思いとどまります。このまま都にいれば、またつらい目にもあいましょう。今はただ都を出ようとおもいます」

祇王は21歳で尼になり、嵯峨の奥の山里に粗末な庵を造って念仏を唱えて過ごしていた。
妹の祇女も「姉が身を投げるなら自分も一緒に身を投げると約束しました。まして俗世を厭う気持ちに誰が劣るでしょうか」と19歳で姿を変え尼になった。姉の祇王と一緒に籠って後世の幸福を願っているのは哀れである。
母のとじはこれを見て「若い娘たちさえ尼になる世の中に、年老い衰えた母が白髪をつけて何になろう」といって45歳で髪を剃り、ふたりの娘とともにひたすら念仏を唱え、一途に後世の幸福を願うのであった。

<<平家物語「祇王」(前篇) || 平家物語「妓王」(後篇)>>


「祇王(中篇)」登場人物

<入道相国>
平清盛。平安時代末期の武将・公卿。

<祇王>
白拍子。清盛の心変わりにより都を追われる。

<仏御前>
白拍子。祇王にかわって清盛の寵愛を受ける。

<祇女>
白拍子。祇王の妹。

<とじ>
祇王の母。

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