» 祇王(後篇)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」

平家物語

平家物語

平家物語」は平家一門の栄華と
滅亡を描いた軍略期。平安末期の
貴族政治から武家政治への以降期に、
日本で起こった内乱が描かれています

祇王(後篇)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」

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こうして春が過ぎ夏も盛りをすぎた。初秋の風がふきはじめ、七夕の夜空をながめながら、天をわたる梶の葉に願いを書く時期になった。夕日が西の山のはしに隠れるのをみても、「日のお入りになるところは極楽浄土だそうです。いつかは我々もあそこに生まれて、物思いもせずにすごせるでしょう」こうしていても過去の辛いことなどを思い続け、ただ涙が止めどなく流れるのであった。
黄昏時もすぎたので、竹の編戸をしめ、あかりをかすかに灯して親子三人で念仏を唱えていると、竹編戸をとんとんとたたく者が現れた。
尼たちはとても驚き、

「ああこれは卑しい我々が念仏するのを邪魔しようと、魔縁が来たのでしょう。昼でさえ誰も訪ねてこない山里の柴の庵へ、まして夜に誰が訪ねてくるでしょう。粗末な竹の網戸だから、こちらで開けなくても押し破るのはわけないことです。いっそのことただ開けて入れようと思います。それでも相手が情けをかけずに命をとろうとしてきたら、長年お頼み申し上げている阿弥陀仏の本願をつよく信じて、絶えず仏の名をお唱えしましょう。声を尋ねてお迎えくださる菩薩たちの来迎なのだから、どうして浄土に導いてくださらぬことがあるでしょう。決して念仏を怠ってはいけません」
と互いに心をいましめて竹編戸をあけたが、魔縁ではなかった。仏御前が現れたのだ。

「あれはどうしたことでしょう。仏御前とお見受けしますが、夢ではないでしょうか」

祇王がこう言うと、仏御前は涙をおさえ

「こんなことを申しては今更のようでございますが、申さなくてはまた情けを知らぬ身になってしまいますから、ことの始めから申します。もともと私は推参のもので追い出されたところを、祇王御前のとりなしによって召し返されたのでございますのに、女の身はふがいないことで、自分の身を心にまかせることもできず、おし留められられてしまったのは、とてもつらいことでした。いつぞやまた召され参られて今様を歌いなさったときにも、つくづく思い知らされたのでございます。いつかは我が身におこることと思っておりましたので、嬉しくは思いませんでした。襖に『いづれか秋にあはではつべき』と書き置きなさった筆の跡をみて、本当にそう思いました。その後はどこにいらっしゃるのか存じませんでしたが、このように姿を変え三人同じところに居るときいた後は、あまりに羨ましくて、常々お暇を申し上げおりましたが、入道殿はどうしてもお許しくださらなかったのです。よくよく物を考えてみますと、現世の栄華は夢の夢、富み栄えたとしてなにになりましょう。人のみに生まれるのは容易くなく、仏の教えにあうことも難しいのです。このたび地獄に沈むのならば、どんなに多くの生をすごし長い時を経たとしても、地獄から浮かびあがることは難しいでしょう。歳の若さを頼りにするべきではありません。老若にかかわりなく、人の生死は予測できない世の中なのです。一呼吸の間も待ってはくれません。陽炎や稲妻よりもはかないものです。一時の富みを誇って死後の世界を知らずにいることが悲しく、今朝お邸をそっと出て、このようにして参りました」

そう言うと、かぶっている衣をうちけたのを見ると、仏御前は尼になっていた。

「このように姿を変えて参りましたので、これまでの罪をお許しください。許そうと仰せなら、いっしょに念仏を唱えて極楽浄土で同じ蓮華にうまれましょう。それでもお気持ちが済まぬなら、ここからどこへなりとも迷い行き、どんな苔のむしろや松の根にでも倒れ伏し、命の限りに念仏を唱えて往生の本懐をとげようと思います」

仏御前がさめざめと涙ながらに口説くので、祇王は涙をこらえて

「あなたがこれほどまでに思い詰めていようとは夢にも思いませんでした。浮世の定めなのだから、我が身の不幸と思うべきなのに、ともすればあなたのことばかり恨めしく、往生の本懐をとげることもできそうにありません。現世も来世も中途半端にやり損なった心地でいましたが、このように姿を変えてあなたがいらしたので、これまでの罪は露塵ほども残っていません。いまは往生に疑いありません。このたびかねてからの願いをとげられることこそ、なによりも嬉しいことです。私たちが尼になったことを、世に例のないことのように人もいい、私自身もそう思っていました。あなたが姿を変えるのも道理です。あなたが尼になったことに比べれば、取るに足らないことでした。あなたは恨みも歎きもありません。今年やっと十七になる人がこのように穢れた世を厭い、極楽浄土を願おうと深く思いいれておられるのこそ、真に仏道を求める心と思われます。なんてありがたい高徳の人。さあ共に往生を願いましょう」
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と、四人は同じところに籠り、朝夕仏前に花と香をそなえ、一心に往生を願ったため、死期の遅速こそあったが、四人の尼はみな往生の本懐をとげたそうだ。そのため後白河法皇の長講堂(法華長講弥陀三昧堂)の過去帳(檀家の戒名・俗名・死去した年月日・享年などを記録する帳簿)にも、「祇王・祇女・仏・とじ達の尊霊」と四人いっしょに書き入れられた。まことに感慨深く尊いことであった。

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「祇王(後編)」登場人物

<入道相国>
平清盛。平安時代末期の武将・公卿。

<祇王>
白拍子。清盛の心変わりにより都を追われる。

<仏御前>
白拍子。祇王にかわって清盛の寵愛を受ける。

<祇女>
白拍子。祇王の妹。

<とじ>
祇王の母。

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