» 神武東征 -久米歌-「古事記 -712年献上 作者:太安万侶 -」

古事記

古事記

古事記は存在する日本最古の歴史書。
上巻は日本神話、中巻は神武天皇から
応神天皇までの記事、下巻は仁徳天皇
から推古天皇までの記事が収られます。

神武東征 -久米歌-「古事記 -712年献上 作者:太安万侶 -」

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神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコ)の一行は宇陀の地からさらに進み、忍坂の薄暗い大室へ至る。
そこでは、尾を生やした土雲――おびただしい猛者がひしめきあい、うなり声を雄雄しく上げ待ち構えていた。

一行は御子のご命令により、馳走をその八十健(やそたける)にお与えになった。
そのとき御子は八十健それぞれに八十膳人を配してめいめいに太刀を佩かせ、膳人に「歌うを聞かば、もろともに斬れ」とお教えになった。

宴たけなわとなり、神倭伊波礼毘古命が高らかに詠うには――

忍坂の 大室屋に
人多く 入り込み 人多く ひしめくとも
厳々し(みつみつし) 久米の子らが
頭椎(くぶつつい) 石槌を手に 打ち負かさずにおくものか
厳々し(みつみつし) 久米の子らよ
頭椎(くぶつつい) 石槌を手に 今打たば宜し

古事記より神武東征

御軍(みいくさ)はひとたび刀を抜き放ち、土雲をもろともに打ち殺したのである。
またその後、登美毘古(トミビコ)を討たんとする時に御子が詠ったことには――

厳々し 久米の子ら
粟畑の韮一本 その根元
その根芽つないで 根こそぎに
打ち負かさずにおくものか――

厳々し 久米の子ら
垣本に植えし山椒(はじかみ) その痛み 忘れまい
打ち負かさずにおくものか――

神風の 伊勢の海の 大石に
這い廻る 細螺(きさご)のよう 這い廻り
打ち負かさずにおくものか――

しかし、兄師木(エシキ)と弟師木(オトシキ)を討とうとした時には、御軍は疲弊の色が隠せなくなっていた。
そこで御子はさらにお詠いになった。

楯並べ 伊那佐の山の 木の間より 行きつ廻りつ戦えば 我は飢え
島つ鳥 鵜飼いの友よ 今助けに来ね

すると、戦のさなか、邇藝速日命(ニギハヤヒノミコト)が御子の元へ参上した。
「天つ神の御子が天降りなされたと聞いたので、あとを追って降って参りました」
そして邇藝速日命は天つ瑞(しるし)を献上し、お使え申し上げた。
邇藝速日命が登美毘古の妹である登美夜毘売(トミヤビメ)を娶って産んだ子は、物部連・穂積臣・采女臣の祖先である宇摩志麻遅命(ウマシマジノミコト)であった。
――かくして、天つ神である御子は荒ぶる神の言を平定して和し、従わぬ人共を退け払い、畝傍の橿原宮に坐し、天の下を治らしめしたのである。

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