» 竜王、天狗の為に取られたる語「今昔物語集」

古代の物語

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竜王、天狗の為に取られたる語「今昔物語集」

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今は昔、讃岐の国のあるところに、「万能(まの)池」という極めて大きな池があった。その池は弘法大師が国じゅうの民を哀れんでお造りになった池である。
池の周囲は遥かに広々としており、高く堤(つつみ)が築かれていた。水面がたいへん広いので人々の目には海に見えるようでさえあった。底知れないほど深いその池には、大小さまざまな魚が数えきれないほど住んでおり、また竜の住処となっていた。

ある時、その池に住まう竜は、日に当たろうと思ったのだろうか、人里離れた堤のほとりに、小さな蛇のすがたをとって、とぐろを巻いて居た。
ちょうどその時、近江の国の比良の山を住処としていた天狗が、鳶のすがたになってその池の上空を飛び回っていたところ、堤に小さな蛇がとぐろを巻いているのを見つけた。天狗は鳶のからだを反って降下し、たちまち鋭い爪で掻きつかみ、天高く舞い上がった。
もともと竜は力の強いものだが、思いがけずあっという間にさらわれて、なすすべもなくただ捕まっているほかになかった。
天狗は小さな蛇をつかみ砕いて食べてしまうつもりだったが、竜の力があまりに強いので、心のままにつかみ砕いてばらばらにすることもできず、持て余して、もとのすみかの比良の山まで遥々持ち帰って来た。天狗により、身じろきもでききない狭いほら穴に押し込まれ、竜は狭くるしく堪えがたい心地であった。そこには一滴の水もなく、大空を翔けることもとうてい叶わない。じっと死期を待ちかまえるうちに、四、五日が経過した。

そのころ、この天狗は「比叡の山へ行き、隙をうかがって、尊い僧をさらってやろう」と考えていた。
夜、東塔の北谷にある高い木に腰かけ様子をうかがっていると、ちょうどむかいに物陰に寄せて作った僧房があり、そこの僧が縁側に出て少便をしていた。僧が持っていた水瓶で手を洗っていたところ、天狗は木から飛び降り、僧を掻きつかむと、遥か遠くの比良の山の住処のほら穴までつれていき、竜のいるところへ置いていった。
僧は水瓶を持ちながらも、呆然自失でいた。「私の命ももうこれ限りだ」と思っていると、天狗は僧を置くや、そのまま去って行ってしまった。

その時、ほら穴の暗闇より声がして、僧に尋ねた。
「汝は誰ひとぞ。いずこより来たものか」
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僧は答えた。
「私は比叡の山の僧である。手を洗おうと庭へと出でて、天狗につかまり、ここへ連れてこられたのだ。そもそも、かくいうおぬしは何者だ」
「我は讃岐の国の万能(まの)池に住む竜である。堤に這い出たところ、くだんの天狗が空より飛び来たり、にわかにつかみて、このほら穴まで連れてきたのだ。狭く苦しいばかりで、なすすべもなく、ましてここには一滴の水もなく、大空を翔けることも叶わぬとは」
僧の問いにと竜が応じると、
「私の持っている水瓶に、もしや一滴ばかりの水なら残っているのではないか」と僧は言った。
僧の言葉を聞いて、竜は喜んで言った。
「我はこの地で数日過ごし、すでに命も尽きようとしているが、幸いにも我々は巡り合いて、互いに命を助け合うことができる。もし一滴の水があるならば、必ず汝をもとの住処へと連れて帰そう」
僧は喜び、水瓶を傾け竜に与えた。竜は嬉しく思って、僧に教えて言った。
「ゆめゆめ畏れなさるな、目を塞いで我の背に負ぶさりたまえ。この恩は生々世々忘れがたい」と言って、竜はたちまち小童の姿に転じ、僧を背負い、ほら穴を蹴破って飛び出した。
すると同時に雷電とどろき、一天にわかにかき曇り雨降ることは、はなはだ奇怪である。僧は身震いし、肝をつぶして、「おろそし」と思ったが、竜を頼りに思うがゆえに、こらえて背負われているうちに、あっという間に比叡の山のもとの僧房へ至った。
僧を縁側へ連れて行き、竜は去った。

雷鳴とどろくなか僧房の人々が、ついには落雷したかと思った時、たちまちあたりが闇夜のようになった。すこしあって晴れたところでを庭を見れば、一夜にして消えたはずの僧がいるではないか。僧房の人々は怪しく思い僧を問いつめると、彼は事の有様を詳しく語った。みなはこれを聞いて驚き奇異に思うばかりであった。

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そののち、竜はかの天狗への報復のため、天狗を探し求めていると、くだんの天狗は京で寄進をつのる荒法師の姿に化けて歩いていた。それを見つけた竜は地上に降下し、天狗を蹴り殺してしまった。すると天狗は翼の折れたみじめな鳶の姿になり、大通りを道行く人々に踏まれ行く始末であった。
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かの比叡山の僧は、かの竜に助けられた恩に報いようと、経をとなえ、善行を修めつづけた。

まことに、竜は僧の徳によって命を長らえ、僧は竜の力によって山へ帰ることができた。これもみな前世の縁によるものであろう。
この話は、かの僧は語ったことを聞き継いで、このように語り伝えられているのであった。


「竜王、天狗の為に取られたる語」登場人物

<竜>
讃岐の国の万能池に住む竜。万能池は現在の香川県にある満濃池にあたる。
<天狗>
近江の国の比良の山を住処とし、人々に悪さをする。俗に人を魔道に導くあやかしであるといわれる。
<僧>
比叡山延暦寺(現在の滋賀県大津市にある寺院。天台宗の本山)で修行する僧

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