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中世の物語

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星月夜の織姫「大阪府民話」

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五百年程昔、摂津の国豊島群の広台寺というお寺に牡丹花肖栢(ぼたんかしょうはく)という歌人が居りました。

ある日、肖栢は猪名野にある五社神社に立ち寄りました。
この辺りは”秦郷”と呼ばれる梅の名所で、かつて五世紀頃には秦氏の納める土地でした。そこには日本の物とは違う変わった形の古墳があり、誰の物か分らないそれを肖栢は一度見てみたいと思っていたのです。

古墳の前に付くと早速肖栢はその小さい入口へと腰を屈め潜り込みました。

中へ入って行くと、入口から差し込む光も乏しく成り、次第に真っ暗で何も見え無くなりました。肖栢の耳には水が滴る音だけが響いてきます。その静かにも寂しい音はどこかそら恐ろしくも感じられました。
しかし、暫く耳を澄ませていると、水の滴る音が次第に一定の調子を持って肖栢の耳を楽しくくすぐり始めました。そうして不思議に思った時には肖栢の額を撫でる薄衣の感触、芳しい香り迄もが漂い出します。
そして、何時の間にか肖栢の目の前には艶やかな薄衣を纏った美しい女が二人並び立ち、肖栢を見つめて居りました。
肖栢は、突然の事でしたが臆する事無く静かに口を開きました。
星月夜の織姫
「お前たちは何者だ。」
「私たちは、応仁天皇様の頃百済の国から参りました。私は呉織、そして此方は綾織と申すもので御座います。」

鈴の成る様な軽やかな声で答えた女の名前に、肖栢は驚き眉を顰めました。
それというのも、二人の名前は秦氏の先祖とされる織姫の名前だったからです。
肖栢が、不思議な事もある物だ、と感心していると女が再び口を開きました。

「どうぞ、私たちの願いを聞いて下さい。」

肖栢が頷くと、女は静かに語り始めます。
そのは此の様な話でした。

昔、女たちが織姫として仕事をしていた時の事。有る夏の日に、天子様に捧げる布を朝までに仕上げる命が下りました。
女たちはどうにか間に合う様にと仕事を急ぎましたが、日が暮れてもまだ仕上がる気配はありません。それどころか、時間がたつにつれて日が落ち暮れて、糸を織る手元も見えなくなってしまいました。

途方に暮れた二人でしたが、近くにある五月山の上に一筋、星が流れて行くのが薄く滲んだ瞳に映りました。

二人は、直に流れ星が消える前に願いを懸ければ叶うという事を思い出し、一生懸命星に向かって祈りを捧げます。
すると、その一心な願いが届いたのでしょう、墨を落とした様だった空に次第に星の光が瞬きだし、見るみる内に夜空は満天の星を湛える事に成りました。その光は二人の元まで降り注ぎ、機を織る手元を明るく照らし出しました。
そうして無事に女たちは朝には布を織りあげることが出来ました。

女の言葉に、肖栢が静かに耳を傾けていますと、次に女は少し悲しそうな顔をして言いました。

「私たちがその衣を織った織殿は辻ヶ池の畔に御座います。しかし、惨めにも枯葉に埋もれ立ち寄る人も無い儘に荒れ果てております。どうぞ、貴方様がその跡を訪ねて、慰みに和歌でも読んで頂きたいのです。」

そう言うと、二人の女は自らの役目を終えたのか静かに闇の中に消えて行きます。肖栢は慌てて薄れて行く二人に手を伸ばしました。

「待て、此処の墓は誰の物だったのだ。」

と、肖栢は声を荒げました。
しかし、その自らの声で我に返り辺りを見渡すと、古墳の中は入った時の薄暗さの儘、芳しい香りも、二人の女が居た気配も無く唯水の滴る不気味な音だけが響いていました。

狐狸に騙された様な呆とした顔で肖栢が古墳の外に這い出すと、辺りはすっかり明るく成っておりました。

そうして、覚束ない足取りの儘に歩き出すと、梅林をかき分け川の畔を下り、女に聞いた辻ヶ池の畔にやってきました。
岸辺には葦の葉が生い茂っておりましたが、肖栢はふとその茂みに光る物を見つけます。
肖栢が泥に足元を汚しながら近付いてみると、其処には大きな石が横たわっていました。
池の水を手で救い上げ、汚れた表面を優しく撫でてみると、微かに”星御門”という文字が浮かんで見えます。

肖栢が、此処があの女達が言っていた場所だったのか、と辺りを見渡すと、今は葦が朝の風に乗り淑やかにその葉を震わせるだけの、寂しい風景が広がるばかりでした。

肖栢はその侘しさに「此処星御門の事、彼女たちの事を後の人にも伝えよう。」と今は主人を無くし池に深く沈んだ儘の庵の跡を見つめておりました。

今もこの場所は池田に有るという事です。


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