» 菊花の約「雨月物語-1768~1776年刊 著者:上田秋成 -」

雨月物語

雨月物語

怪談物語をおさめた短編小説集「雨月物語
死してなお残る「信念」「執着」と
いったものが描かれています。

菊花の約「雨月物語-1768~1776年刊 著者:上田秋成 -」

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青々とした春の柳は、見た目には美しいけれど、自分の庭には植えるべきではない。
柳はすぐ茂るけれども、秋の初風が吹けばもう耐えることができない。
軽薄な人は親しみやすいけれども、別れもまた早い。
それでも柳は春になれば美しく葉を染めるけれども、軽薄な人との交わりは、絶えてしまえば二度と巡ってくることはないのである――

播磨の国の加古の宿に、支部左門という学者がいました。
彼は行いが清らかで私欲がなく、そのために貧しい暮らしをしていましたが、親戚からの贈り物でさえも、他人の世話になるまいと決して受け取ろうとはしませんでした。

ある日、左門が同じ里の誰かを訪ねて、今や昔の話をして盛り上がっていたとき、壁を隔てた隣室から苦しそうなうめき声が聞こえてきました。
左門は主人にわけを尋ねました。「あの人はここよりは西の国の武士の方だと思うのですが、泊めてさしあげたその晩に、突然高熱に冒されて、起き上がることすらままならない状態になってしまったのです。気の毒なので今日まで三泊四泊とお泊めしているのですが、身元もわからないですし、とんだ失敗をしたものだと思っております」
これを聞いた左門は、「それはお気の毒な話だ。あなたの不安ももっともですが、病気に苦しんでいるその人はもっと不安なはずです。知り合いもいない旅先で、さぞかし切ない気持ちでおられるでしょう。わたしでよければ様子を見ましょう」と病人の部屋へ入ろうとしました。
主人は病が移ると左門を止めましたが、彼は笑って、「人は天命でなければどんな病だって移りません」と部屋の中に入っていきました。

部屋に横たわるその人は、只者ではない雰囲気が漂っていました。けれどもかなりの重病らしく、顔色は黄ばみ肌は黒ずんで、古布団の上にもがき苦しんでいます。
左門は近くに寄りました。「士よ、心配なさることはない。拙者がきっと面倒をみて、癒してさしあげましょう」
左門は自分で薬の処方を考え自から煎じて飲ませ、お粥を食べさせました。その看病ぶりはまるで血を分けた兄弟のようで、本当に捨てておけないという様子だったのです。

武士の容態がよくなってくると、彼は自分の身の上を語りました。彼は出雲の国松江の出身で赤穴宗右衛門といい、富田の城主塩谷掃部介に軍学の師として仕えていましたが、近江の佐々木氏綱への密使に赴いている間に、前の城主の尼子経久に城を討ち取られ、さらに氏綱に足止めされて身一つで脱出し、故郷へ向っていたところだったのでした。しかし途中で病に倒れ、左門の世話を受けることとなったのです。
「思いがけずあなたのお世話を受けたのは、身にあまるご恩恵です。生涯かけて必ず恩にお報いいたしたい」宗右衛門はそう言い、日を過ごすうちにすっかり回復して体も心も元通りになりました。

それから左門と宗右衛門は昼夜と問わず交際していましたが、何ひとつ心の合わないことがなく、感心したり喜んだりして、ついに義兄弟の盟約を結びました。宗右衛門が5歳年上だったので、義兄として左門の母にも快く迎え入れられました。
そのまま桜が散っていき、やがてくっきりとした初夏になりました。

ある日、宗右衛門は左門母子に向って言いました。
「私が近江を逃れてきたのは、出雲の様子を見るためです。ひとまず故郷へ帰ってすぐに引き返し、それから貧しいながらも懸命に、ご恩をお返ししたいと思っています。どうかしばしのお暇をいただけないでしょうか」
左門は尋ねました。「それでは兄上は、いつお戻りになりますか」
宗右衛門は答えました。「月日は往きやすいものですから、この秋までには必ず」
左門は言いました。「秋の、何日という日を定めてお待ちすればよいのですか。それをどうか決めてください」
宗右衛門は答えました。「では九月九日――この重陽の節句をもって帰り着く日といたしましょう」
左門は言いました。「兄上、必ず、この日を間違えないでください。私は一枝の菊と心ばかりのお酒などを用意して、兄上をお待ちしております」
二人は心をこめて言葉を交わし、宗右衛門は西の国へと帰っていきました。

月日はたちまちのうちに過ぎ去り、垣根の野菊が美しく咲き、とうとう九月になりました。
九日の日に左門はいつもより早く起き、質素な家ながら掃除を済ませ、黄菊白菊の二・三本を小瓶に飾り、貧しい財布ながら酒の用意をしました。
左門の母は、「出雲は遠いですから必ず今日帰ってくるとは限りませんし、帰ってきてから用意しても間に合うのに」と言いましたが、左門は「兄上は信義ある武士ですから、決して約束を破ることはありません。兄上の姿を見てからあわただしく準備するのでは恥ずかしいことです」と、鮮魚を料理して宴の準備をします。

この日は空も晴れ上がって、見渡す限り一片の雲もなく、群れをなして旅人たちが通りましたが、昼をだいぶ過ぎても左門の待ち人は来ませんでした。日が西に沈みかけ、宿へと急ぐ旅人たちの足取りがせわしなくなるにつれて、左門の目はますます門の外へひきつけられ、今か今かと宗右衛門を待ち受ける心はまるで酔ったようになります。
左門の母は左門を呼んで「心変わりがなければ必ず帰ってくるでしょうから、もう家に入って明日を待ちなさい」と言いましたたが、左門はそれを拒んでなお待ち続けました。
月は左門ひとりを照らして寂しく、どこからか番犬の遠吠えが澄み渡って聞こえます。月の光もついに山の向こうへ消え、左門ももはや諦めて家に入ろうと戸を開けたとき、ついに目に入ったのです。風に吹かれる陽炎ようにやってくる人影が――
その人物こそが、赤穴宗右衛門でした。

左門は躍り上がる思いで、「私は朝早くからずっとお待ちしていたんですよ。約束を違えずおいでになってうれしいです。どうぞお入りください」宗右衛門に駆け寄りましたが、宗右衛門は一言も喋りません。左門は宗右衛門を客室に案内し母を起こしてこようとしましたが、宗右衛門は首を振って止めながらも物一つ言おうとしませんでした。
左門が「昼夜通して来られたからには、さぞかしお疲れのことでしょう」と酒や肴をすすめても、宗右衛門は袖で顔を覆い、その匂いを嫌がるかのような様子です。
「貧しい手料理ですから、十分なおもてなしには足りないかもしれません。ですが、私の気持ちは十分に込めたつもりです。どうか嫌がらないでください」左門は言いましたが、宗右衛門はなおも答えないまま、長いため息をついて、しばらくしてやっと口を開きました。
「あなたの心のこもったおもてなしを、どうして拒む道理がありましょう。偽らずに事実をそのまま申し上げますが、どうか疑わないでください。実はもう自分はこの世の人間ではないのです。穢れた死霊の身で、仮に人の形をとってここにやってきたのですよ」
「兄上、どうしてそんなおかしなことをおっしゃるのです」左門は驚いて言いました。「私には夢の中の出来事とは思えません」

宗右衛門は、静かにこれまでの経緯を語りだしました。
「私はあなたと別れて本国に下りましたが、国の人々の大半は前の城主の尼子に従ってしまっていました。赤穴丹治という従兄が富田の城に仕えているのを尋ねて尼子に会わせてもらい、様子を見ましたが、軍兵を統率する能力には長けていても疑り深く、腹心となる部下もいません。あまり長くいてもしようがないと思い城を去ろうとしたら、尼子は私を疑ったようで、丹治に命じて城内に閉じ込めてしまい、ついに今日という日に至ったのです。
あの約束を破ろうものなら、あなたは私をどのように考えるだろうと思うとひたすら気分が沈みましたが、古人の言葉には『人は一日に千里を行くことはできないけれど、魂は一日によく千里をも行くことができる』とあります。この言葉を思い出し、自ら命を絶って、今夜風に乗ってはるばると菊の節句の約束を果たしに来ました。せめてこの気持ちだけは察してください」
言い終わると、宗右衛門の両目からは涙がぽたぽたと零れ落ちました。「これで永いお別れです。どうかお母さまによくお仕えください」
言って宗右衛門は席を立つかのように見えましたが、彼はそのままかき消えて、いなくなってしまいました。
雨月物語「菊花の約」
左門は慌てて止めようとしましたが夜のために目がくらみ、どこへ行ったかもわかりません。左門はうつ伏せにつまづき倒れたまま、大声をあげて泣き出しました。その声に左門の母が目を覚まし、左門の居所を見ると、客席のあたりに酒瓶や肴をもりつけた皿などがたくさん並べている中に倒れ伏しています。
左門の母は急いで抱き起こしてどうしたのかと問いましたが、左門はただ声をかみ殺しては泣き続けるだけで、なにも言いません。左門の母が「兄と定めた宗右衛門が約束を違えたことを恨みに思っているならば、明日にでも来たときには言うべき言葉もないではないか」と強く諫めると、左門はやっとのことで答えました。
「兄上は、今夜、菊花の約を果たすためにわざわざ見えたのです。自害して魂だけとなって、はるか百里の道を越えてきたと、そう言ったきり、そのまま消えてしまわれました。起こしてしまったことをお許しください」と、更にさめざめと泣き沈みます。
母は重ねて言いました。「昔から『牢につながれてい人は夢にも赦免されることを見るし、水に渇いている人は夢の中で飲み水を飲む』と言います。おまえもそれに似た夢を見たのでしょう。よく心を静めなさい」
しかし左門は首を振って、「本当に夢のような不確かなことではないのです。兄上は確かにこの席におられたのです」と、また声をあげて泣き倒れました。
母ももはや疑わず、母子ともに声をあげてその夜は泣き明かしました。

翌日、左門は母に願い出て、出雲へ行って宗右衛門の遺骨を葬りたいと願い出ました。左門の母はなるべく早く戻って安心させておくれと送り出しました。
左門は出雲の赤穴丹治のもとを訪ね、旧主の塩谷に不義をなし、血縁の宗右衛門を自害に追いやった彼を糾弾して切り殺しました。家来たちが立ち騒ぐ間に左門は行方をくらましましたが、ことの顛末を知った尼子は義兄弟の信義の篤さに感じ入り、左門の跡をしいては追わせませんでした。

さて、この物語は武士としての信に殉じた二人の青年の悲しい物語でございます。
しかし、左門と宗右衛門は出会ったことで、二人の人生は大きく変わってしまいました。

宗右衛門は左門のために武士の務めを放棄し、自らの命を絶ちました。
左門は宗右衛門のために老いた母を置いて、出雲へ仇を取りに行ってしまいました。

約束さえしなければ、宗右衛門はいつか生きて帰ってこれたのかもしれません。

軽薄な心ゆえに恋に狂わされたのは、恋ゆえに軽薄な心となってしまったのは、左門と宗右衛門、はたしてどちらだったのか――
はてさて、軽薄な人間と交わりを結ぶべきではないというのは、本当だったのかもしれません。

<<白峰 || 浅茅が宿>>


「菊花の約(雨月物語)」登場人物

<支部左門>
母とふたり暮らしで清貧を好む儒学者
<赤穴宗右衛門>
武士で軍学者。故郷へ帰る途中に支部左門と出会う

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