» 虫愛ずる姫君(一の巻)-「堤中納言物語-作者:知れず -」

古代の物語

古代の物語

平安時代の雅なお話から魑魅魍魎が
出てくるお話までご紹介。
陰陽師安倍晴明が活躍するお話も
多く紹介しております

虫愛ずる姫君(一の巻)-「堤中納言物語-作者:知れず -」

  • 登場人物
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
5/5 (3)

蝶を愛でるような姫君たちの住む住居の一角に、按察使大納言の娘が住んでいました。
この娘には心憎いところがあり、親たちが傅(かしず)いていらっしゃる様子といったら、なんとも形容しがたいものがありました。

この姫君は「人々が蝶や花を愛でる様は、ほんの一時的なことで良くないわ。人は誠実で本質を突き詰めようとする心映えこそが美しいのよ」と言っていろいろなたくさんの恐ろしそうな虫を採り集め、「これらが成長する様を見届けるわ」と籠箱に入れて飼っていました。
その中でも「烏毛虫の深慮そうなところは奥ゆかしく思われる」などと言って額髪を耳に挟んだまま、毛虫を手の平にのせて明け暮れ日々を過ごしていました。

若い女房達は怖がり惑うばかりなので、物怖じしない、身分の低い男の童を召し寄せ、箱の虫をとらせて名を聞いたり、新しい虫には名前を付けたりして興じていました。
「人が繕うことはあさましいことだ」と言って眉も抜かず、お歯黒も「きたない、うるさい」と言って付けずに白い歯を見せて笑い、朝夕に虫たちを可愛がってばかりいました。
虫愛ずる姫君
また、女房達が怖がって逃げると、姫君はおかしな大声を出して叱りつけるのでした。
怖がる女房達を、「けしからん、下品だ」と黒い眉をしかめて睨むのです。
こんな調子ですから女房達は人心地がせず、戸惑うばかりなのでした。

両親は「困ったことだ。どうしたらよいのだろう」と思いましたが、「何か深い考えがあってのことなのだろう。それにしても見苦しいことだと忠告しても、娘はどこまでも抗弁する。いやもう、困ったことだ」と、この理屈っぽい点も良くないことと思っていらっしゃいました。

「そうは言っても、世間体が悪い。人は姿形が美しいのを好むものだ。『気味の悪い毛虫などを面白がっている』だなんて、世間の人が聞いたらどう思うだろう」と言ってみても、「心苦しいと思うことなんてないわ。どんなことでも根本を見極めて、その末を見届けてこそ意味があるのよ。世間のことを気にするだなんて、子供っぽいと思うわ。私は烏毛虫が蝶になる過程に興味があるの」と、その様子を取り出して見せるのでした。
「絹のような人々が着るものだって、蚕がまだ羽もつかないうちに取り出してつくり出すもの。蝶になったらもうおしまいで、無用なものになってしまうじゃないの」などとのたまうので、親たちは言い返すことも出来ず、呆れるばかりでした。

とはいえさすがに両親に面と向かって物言いをするのは気が引けるのか、姫君は「鬼と女は人に姿を見せぬのが良い」などと言って、母屋の簾を少し巻き上げて、几帳を隔てているのでした。

これを女房達が聞き、「とても賢しげではあるけれど、こっちは気が変になってしまいそうだわ。あの遊びものには」「一体どんな人が蝶を愛でる姫君にお仕えしているのかしら」と言い合いました。

すると兵衛という女房が
「いかでわれとかむかたなくいてしがな烏毛虫ながら見るわざはせじ」
(なんとかして姫君に理屈で立ち向かうことなく、邸を出ていきたいものだ。私はもう、烏毛虫を見たくない)
と詠いました。

これを聞いた小大輔という女房は笑いながら
「うらやまし花や蝶やと言ふめれど烏毛虫くさきよをも見るかな」
(羨ましいこと。世の中には花や蝶やと楽しんでいる人もいるようだけれど、私たちは烏毛虫くさい中で暮らしているのよね)
と言って、また笑い出しました。

「嫌ねえ、眉は烏毛虫みたいだし」「歯茎は皮が剥けた毛虫のようだし」女房達は口々に言い募ります。

そのうちに左近という女房が
「冬くれば衣たのもし寒くとも烏毛虫多く見ゆるあたりは衣など着ずともあらなむかし」
(冬になれば衣が欲しくなるけれど、烏毛虫がたくさんいるところを見るとその必要がないように思われる)
などと言い出したのを、口やかましい女房が聞きつけて、
「若い女房達はなんてことをいうのでしょう。蝶を愛でる方に仕えたからといって、いいことがあるとは思えませんよ。むしろ大変でしょうよ。烏毛虫を並べて蝶だという人がありますか。姫様は毛虫が蝶にが脱皮する様を調べようとされているのです。それこそ心深いというものでしょう。蝶は捕えれば手について具合の良くないことになるでしょう。また、瘧病にかかるとも言われています。ああ、あんなに嫌なものはない」というものですから、若い女房達は憎たらしくて、いよいよ言い合うのでした。

虫をとってくる童は姫君がいいものや、欲しがるものをくれるので、いろいろな恐ろしげな虫類を取り集めて姫君に奉ります。
「烏毛虫は毛の生えているところは面白いけれど、それに関する故事などがないから、物足りないわ」と言って蟷螂(かまきり)や蝸牛(かたつむり)を集めてその歌などを大きな声で歌わせて聞き、姫君自身も声を張り上げて「かたつむりのー、つののー、あらそうやー、なぞー」などと朗詠されるのでした。
童の名もありふれた名はつまらないと、虫の名を付けたりしていました。
「けらを」「ひきまろ」「いなかたち」「いなごまろ」「あまびこ」などといった具合です。

こういったことが世に聞こえて、甚だまずい噂が立っている中に、ある上達部の御曹司で物怖じせず愛嬌のある様子の者がありました。
この姫君のことを聞いて、「そうかといってこれには怖気づくだろう」と帯の端の立派なのを蛇の形に似せ、動く仕掛けをして鱗の模様のある首懸袋に入れて姫君に送りました。
それに結び付けられた文には、
「はふはふも君があたりにしたがはむ長き心の限りなき身は」
(這いながらもあなたのあたりに従いますよ。限りなく長い心の身なので)

とあるのを女房達が何気なく姫君の前に持ってきて、「袋ねえ。それにしても変に重たい袋ね」と言いながら口を解いたところ、なんと蛇が首をもたげてきました。
女房達はびっくりして大騒ぎをしていましたが、姫君は落ち着いていました。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と念仏を唱えています。
「前世では親だったかもしれない。そんなに騒ぐものではないわ」と言って顔をそむけ、「このなまめかしい虫の方でも、結縁で結ばれているかのように私を見ているのが、とても不思議に思われる」と呟いて蛇を近くに引き寄せようとしました。 
女房達はさすがに恐ろしく思い、立ったり座ったり、蝶のように落ち着かぬ様子で蝉の鳴き声のような声を出すのが姫君には面白く、逃げ去った人々も皆で笑いあっていました。
それを誰かが父大納言の耳に入れました。

「何とも呆れた気味の悪いことだ。それにしても、そんなものがいるのを見ながら皆が逃げていくのもけしからん」と、大納言は太刀をさげて姫君のところに行きました。
よく見ればとても本物に似せて作られた蛇で、それを手に持って「良く出来た代物を作る人だな」と言い、「そなたが賢ぶってこういうものを賛美すると聞いてやったことだろう。返事を書いて早くやってしまいなさい」と言って戻られた。

人々は作りものだと聞いて「けしからんことをする人だな」と言って憎らしがりましたが、「返事をしないことには先方も気がもめることだろう」と言ってとても固くて風情のない紙に返歌をしたためました。
姫君はまだ平仮名が書けなかったので、片仮名で
「チギリアラバヨキゴクラクニユキアハムマツハレニクシムシノスガタ フクチノソノニ」
(契りあらばよき極楽にゆきあはむまつはれにくし虫のすがたは 福地の園に
もし御縁がありますならば、極楽にて逢いましょう。その虫の姿ではまつわることはできないでしょうから。 では福地の園で)

これを右馬佐が見、「随分と変わった文だな」と思って「どうにかして見たい」と、中将と言い合わせて身分の賤しい女たちの服装をして按察使大納言が外出して留守になっているときに邸に行きました。
姫君の住む北面の立蔀のもとに行ってみると、男の童のこれといって変わり映えのしない感じのが草木の間に佇み歩いていており、その童たちが言うには、「この木にはどんな虫でもいるんですよ。すごいでしょう」ということでした。

「ご覧になって下さい」と御簾を引き上げて「とても面白い虫がいますよ」と言えば、姫君は賢げな声で「とても興があることだわ。こっちに来て見せてちょうだい」と返します。
「これだけを採り外すことは出来ません。こっちにいらしてください」と言うと、姫君は荒っぽい足音をさせて出てきました。

御簾を押し張り、じっと枝を見つめる姫君の姿は、着物は頭の方にひっかぶるような着方をしていて、髪も額のあたりは美しげであるのに、櫛を入れていないからでしょう、ばさばさとしています。
眉は黒く、はっきりと目立って涼しげです。
口元にも愛嬌があって美しげではありますが、お歯黒を付けていないのが勿体ありません。
右馬佐は「化粧したらきれいだろうに。情けないことだ」と思いました。
こんな風に身をやつした姿をしているけれど、醜くなどなく、一風変わっていて艶やかで気高い様子であるのが惜しいです。
練色の綾の袿ひとかさね、その上に機織り虫の模様のある小袿をかさねて、わざと白い袴なぞを好んではいています。

この虫をよく見ようと姫君は簾の外に身を乗り出して「何て素晴らしい。日に照らされるのを避けてこっちに来ているのね。一つも落とさずにこっちに追ってきなさい。童たち」と言いました。
童たちが虫を突き落とすと、それらがはらはらと落ちました。
姫君が白い扇に黒々と漢字の手習いをしたものを差し出して、これに拾い入れよ、と言うと、童はそのようにしました。
右馬佐、中将、公達は皆呆れて、「財のありそうな家なのに、素晴らしいことだな」と思い、また一方の公達はこの姫君のことを「大変なことだ」と評しました。

そのうちに童が公達たちに気付いて「あの立蔀の近くに身分の高そうな男たちがあやしげな姿で覗いています」と大輔の君に報告しました。
大輔の君は「なんということでしょう。姫様はいつものように虫に興じていて気付かなかったのでしょう。報告しなくては」と言って姫君のところに行ってみると、例によって御簾の外に出て大声で烏毛虫を落としていらっしゃいます。

とても恐ろしいので近くには寄らずに「お入りになって下さい。端が丸見えですよ」と申し上げると、姫君は「また虫をとるのをやめさせようと思っている」と思い、「別に恥ずかしくなんかないわ」と答えます。
「まあなんということでしょう。嘘だと思いなのですね。その立蔀のそばに、とても立派に見える人たちがいるのですよ。奥をご覧になって下さい」と言うと、姫君は「けらを、ちょっと外に出て行きなさい」と言ってけらをという童を走らせました。
「本当にいらっしゃいます」
けらをがそう言うと姫君は烏毛虫を襟の中に入れて走り去りました。

身の丈ほども良く、髪も袿くらいまで伸びていて、量も多いです。
髪の裾を切りそろえていないのでふさやかではありませんが、全体的には整っていて、美しげです。
「これほど容姿が整っていなくても、世間並の言葉遣い、化粧をしていればと、口惜しくある。見苦しい姿をしているが、とても美しげで、気高く、虫が好きだという不愉快なことだけが風変わりである。やはり口惜しい。どうしてあんな気味が悪い趣味を持っているんだろう。これほどなのに」と思う。

右馬佐は「ただ帰るのは物足りないことだ。見たということだけ知らせよう」と懐紙に草の汁で
「烏毛虫の毛深きさまを見つるよりとりもちてのみ守るべきかな」
(毛深い烏毛虫を大事になさっているあなたを見てからというもの、取り持ってもらってあなたを妻として見守りたいものですね)
と書いて扇を叩くと、童がやってきました。
「これをお渡ししなさい」と言って渡すと、大輔の君という女房が取り次いで「あそこに立っていらっしゃる御方が差し上げてくれということです」と言って姫君に渡しました。
大輔の君は「なんということでしょう。右馬佐様の仕業だったのですね。気味の悪い虫に興じている御顔を、見にきたのでしょう」と姫君にあれこれ言い募ると、姫君は「悟ってしまえば恥ずかしいことなど何もないわ。人は皆夢幻のようなこの世に生きているもの。誰が永遠に生きてことの善悪を判断することが出来るものですか」と言うので、女房達は何も言う介もなくて、特に若い女房達はそれぞれに情けないこと、と思うのでした。

右馬佐たちは返歌があるだろうと少しの間待っていましたが、邸内では童までをも皆邸の内に呼び入れて、「情けない」と言い合っていました。
ある人々が返事をしなければ、ということに気付き、待たせるのは気の毒だからと、
「人に似ぬ心のうちは烏毛虫の名をとひてこそ言はまほしけれ」
(人に似ない私の気持の内は、烏毛虫の名を確かめるように、誰それとお名前を尋ねた上で打ち明けることにしましょう)
と書いて送りました。

右馬佐は、
「かはむしにまぎるる眉の毛の末にあたるばかりの人はなきかな」
(毛虫と間違えそうなあなたの眉の、その毛の先にも、対抗できる男はありますまい。いやはや、名乗りを上げるどころではございません)
と言って笑って帰って行きました。
二の巻に続きます。


お話の評価

ページトップ