» 蛇性の淫(3/8)「雨月物語-1768~1776年刊 著者:上田秋成 -」

雨月物語

雨月物語

怪談物語をおさめた短編小説集「雨月物語
死してなお残る「信念」「執着」と
いったものが描かれています。

蛇性の淫(3/8)「雨月物語-1768~1776年刊 著者:上田秋成 -」

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 豊雄が真女児と会い、あまり眠れぬまま翌日の早朝のことです。

 豊雄の兄の太郎が朝早くから漁のために起きたとき、ふと豊雄の寝室の中を見たのです。
 すると、豊雄が消えずに残っていた灯火に光影(ほかげ)に輝く太刀を枕元において眠っているではありませんか。

「おかしい、あんな高価なものを一体どこから手に入れたのだろうか?」と不安を覚えた太郎は、豊雄の部屋の戸を叩きました。
 どんどんと太郎が戸を叩く音で目を覚ました豊雄は、そこに太郎がいることに気がつき尋ねます。

「お呼びでしょうか?」
「なにかきらきらとしているものを枕元に置いているようだが、それはなんだ?
そんな高価なものは漁師の家にはふさわしくない!
父上が見ればきっとお叱りになられる」
「これは買ったものではございませんよ。昨日、ある人からいただいたものをここに置いているだけです」
「そんな宝物をくれる人が、どうして、このあたりに住んでいるか!
難しい漢字の本を買い増やすことさえ無駄な出費だと思っていたが… 父上が黙っておられるから何も言わなかった!
その太刀を腰に差して新宮のお祭りを練り歩くつもりか? なんと気狂いじみたざまかっ!」

 太郎の声があまりにも大きいので、父親も騒ぎを聞きつけ連れてくるようにと言いました。
 しかし、太郎は直接取り合わず、こう言い捨てて屋敷を出て行きました。

「豊雄がどこからか、武将が差すようなきらびやかな太刀を買い込んでいます。
目の前に呼びつけて調べてやってください。私は漁師たちが怠けるといけないので浜へ行きますので」

 そのことを聞いて、母親も豊雄を叱ります。

「そんなものをなぜ買ったのですか!
この家では、お米もお金も太郎のもので、お前のものは何一つないのですよ。
日頃はおまえの自由にさせていますが、こんなことで太郎に憎まれてご覧なさい……
お前の住むところはこの世からなくなりますよ。
聖賢の路などを学んだはずのお前が、どうしてこんなことがわからないのですか」

 豊雄はすぐに否定しました。

「ほんとうに、これは買ったものではないのです。ある事情があって人がくれたものを兄が見とがめて私を責めるのであって…」
「お前がどんな手柄を立てて、そんな宝をくれると言うんだ!」
「それはっ… そのことは、今ここでいうのは恥ずかしいです… 後日、人づてに申し上げますから、」
「親や兄に言えんことを、誰に言うというんだ!」

 と、父は豊雄のいうことを信じることなく、大声でそう咎めます。
 段々と父親の声が荒くなるのをそばに来た兄嫁がなだめて、「私がお聞き致しますから、さ、こちらへ」と豊雄をつれて別室へと入りました。

 真女児のことを恥ずかしくて言えずにいた豊雄は、もともと兄嫁へはこのことを相談しようと思っていたので、豊雄は昨日の出来事を告白します。
 彼女は独り身のままでいた豊雄を心配していたので、今回のことを聞いてかえって喜んでくれました。
 そして、兄嫁は豊雄のことを両親にとりなしてくれるようにと夫である太郎へと頼みます。

 しかし、太郎は真女児について伝え聞いて、眉をひそめ「それはおかしい」と頭をかしげました。

「この国の国司の役人で、県の某という名前を聞いたことがないな…… そんな人が亡くなられて、私のもとに知らせが来ないはずがないんだ。…とりあえず、その太刀をもってこい」

 兄嫁がすぐにその太刀を持ってくると、太郎ははぁとため息をつきました。

「実はな、恐ろしい話がある。先日、京都の大臣様が願いが叶った礼にと熊野権現にたくさんの宝物を奉納なされた。
…が、その宝物が宝物殿から急にどこかへ失せてしまったそうで、今は大宮司から訴えが出されている。
……もしかすると、これがその太刀じゃないだろうか?」

 なおのこと父上にこの太刀を見ていただこう、と 太郎がその太刀を持って父のところへ行き、意見を求めます。

「…ということで、こういった恐ろしい事件があるのですが、いかがいたしましょうか」

 父親もまた、太郎の話を聞いてさっと顔を青くしながら大宮司のもとへ出頭することを決めました。
 そして、夜があけるやいなや、太刀の本来の持ち主であろう熊野権現…… 新宮速玉神社のもとへ趣いて行方のわからなくなっている太刀が自分たちの手元にある事情を話したのです。

 その太刀が神社の宝物であると判断した神社の大宮司は驚きながら「たしかに、これこそ大臣様が献上なされたものに違いありません」とこたえ、すぐに豊雄を捕らえるようにと命令を下しました。
 豊雄はそんなことになっているとも知らず、部屋で本を読んでいましたが、武士たちが押し入って彼を捕らえます。

「お前が神宝を盗み取ったのは今までにない大罪である。ほかの宝物はどこに隠した?」

 と、今回の事件で盗賊を捕まえるためにと遣わされている次官が豊雄を責めたので、豊雄にもようやく事の次第がわかり、涙しながら答えました。

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「私は決して盗んでおりませぬ!
県の某の妻が、なくなった夫が差していた太刀だと言ってくれたものなのです。
いますぐあの女を呼んで、私の無実をあかしてくださいませ!」

 このことに次官はますます怒ってこう言いました。

「県の性を名乗る者はおらん!偽りを申すと罪がますます大きくなるぞ!」

 豊雄も必死に否定します。

「偽りではございません! こんな捕らわれの身で、そんなことが言えるというのですか!
ああ、どうか、あの女を呼んで確かめてください…!」

 そして豊雄の訴えに次官も考えるところはあったので、武士たちにこう命じたのです。

「県の真女児の家はどこにある? その女を有無を言わさず捉えて参れ!」

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「蛇性の淫」登場人物

<豊雄>
優しい性格で、真女児に惹かれる。

<真女児>
二十歳前くらいのあでやかな印象の女性。

<太郎>
豊雄の兄。父親と共に家業である漁師をしている。また、結婚している。

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