» 蛇性の淫(5/8)「雨月物語-1768~1776年刊 著者:上田秋成 -」

雨月物語

雨月物語

怪談物語をおさめた短編小説集「雨月物語
死してなお残る「信念」「執着」と
いったものが描かれています。

蛇性の淫(5/8)「雨月物語-1768~1776年刊 著者:上田秋成 -」

  • 登場人物
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
3/5 (1)

 姉の嫁ぎ先の田辺の金忠は豊雄が訪ねてきたことを喜び、彼を迎え入れてくれました。
 そして、この数ヶ月に起こった豊雄の不運に同情し、うちとけて「いつまでもここにおいで」といたわってくれたのです。

 翌年。年が新しくなって、二月になったときのことです。

 豊雄が新たに住まう石榴市という場所は、泊瀬(はっせ)の長谷寺がすぐそばにありました。
 たくさんおられる仏様の中でも、こと長谷寺の観世音菩薩はとくに霊験があらたかなことで大変有名で、京都からも遠い地方からも参詣する人が春の時期にはとくに多かったのです。
 参詣にくる人々はかならず石榴市に宿泊しましたので、ここには宿屋が軒を並べてひとびとを泊めておりました。

 田辺の家では燈明(とうみょう:神仏に備える灯火のこと)と燈心(とうしん:灯りの芯)などをあきなっていました。
 豊雄が店にいると、京都からのお忍びでのお参りにみえる大変美しい女性が召使の少女とともに練香を買おうとこのお店に立ち寄ったのです。

 その時、召使の少女のが豊雄を見てこういったのです。

「旦那様がここにおられる!」

 驚いて豊雄が見ると、そこにはあの真女児と少女のまろやがいるではありませんか!
jasei05
 恐怖を感じた豊雄はあわてて奥へと逃げ込み、金忠夫婦に訴えます。

「新宮の妖怪がここまで追ってきたのです! あれに近づかないで――」

 豊雄が隠れおののくので、周りの人々はそれはどこにいるのかと騒ぎになります。
 そこへ真女児がずいと店の中へとやってきて言いました。

「皆様、怪しまれますな。あなた様、どうか私を恐れないでくださいませ。
私の愛があなたを無実の罪に陥れてしまったことを悲しく思い、ここまで追ってまいりました…
この家のご主人もよくお聞きくださいませ。
もし私が化物の類ならば、どうしてこんな人通りの多いのどかな昼間に姿をあらわすのでしょうか。
ご覧下さいませ。
この着物には縫い目もあれば、日に向かえば私の影も写ります、
妖怪ならばこのようなことはありえませぬ。どうぞ、疑いをおやめくださりませ」

 と、自分が妖怪などではないことを訴えかける真女児に、豊雄もようやく恐怖が和らぎます。

「お前が人間ではないことはわかっている。
私が捕らえられて、武士たちとともにお前の家に行ったとき、昨日と打って変わって屋敷は荒れ果てていた。
本当に鬼がすみそうな家にお前はひとりでいた上に、おまえを捉えようとしたらたちまち晴天に雷鳴をとどろかせてお前は影も残さず消え失せたことを私はしかとこの眼で見た。
それなのに、また私を追いかけてきて… 何をしたいのだ?直ぐに帰れ」

 豊雄にそう言われて、真女児は涙を流し、さめざめと泣きながら訴えました。

「そう言われれば、そう思われるのが当然でしょう…… ですが、私の言うこともしばらくお聞きくださいませ。

あなたが役所に連れて行かれたときいて、すぐに前から面倒を見ていただいていた隣家のご老人に頼み、荒野に廃屋の様子を作らせたのです。あの時の雷鳴はまろやが仕組んだものでございます。
その後、船を見つけて難波(大阪地方)へと逃れましたが…… どうしてもあなたの様子が知りたくて、この長谷寺の観音様に願掛けをしたのです。
二元の杉のようにご利益がありまして、こうしてお会いすることができましたのは、ひとえに観音様のご慈悲のおめぐみにほかならないのです。
そも、女の私がどうして神宝を盗み出すことができましょう?
あれは前の夫が悪心からしたものです… よくよく考えてくださいませ。

あなた様をおしたいする私の心を、ほんの少しでも汲み取ってくださいませ」

 豊雄はそれでも真女児の言葉を疑っておりました。
 しかし、同時に彼女がかわいそうにも思えて、責めることもなくただ黙って聞いていたのです。
 金忠夫婦はというと、真女児の言うことが理にかなっているうえに彼女のそのいじらしさからすっかりと疑いは失せておりました。

「豊雄の話を聞いたときは、なんと恐ろしいことがあるものかと思いました。
…ですが、そうですね。そんな奇っ怪なことがこの世にあるとは到底思えないのも事実です。
はるばると迷い、ここまで尋ねてこられたお気持ちのいじらしさをおもうと、豊雄が承知しなくとも、私たちがあなたを迎えましょう」

 と、彼女は夫婦によって迎え入れられたのでした。

 真女児はそこで一日、一日を過ごしながら、金忠夫婦の気に入るように気を配りながら、一途に豊雄と結ばれるようにと哀願質続けました。
 その真女児の気持ちを感じ取った夫婦は豊雄を説き伏せて、ついに豊雄と真女児に夫婦の契りを結ばせたのです。

 そして、ついに二人の夫婦としての生活が始まるのでした。

<<蛇性の淫(4/8) ||蛇性の淫(6/8)>>


「蛇性の淫」登場人物

<豊雄>
とよお。主人公。仕事をしていない風流人で、父・竹助の計らいで自由に暮らしていた。
<真女児>
まなご。ヒロイン。ある雨の日に豊雄が出会った美しい女性。
<まろや>
真女児のお供をしている少女。
<金忠>
田辺の金忠(かねただ)。豊雄の姉が嫁いだ商人。

お話の評価

ページトップ