» 西光被斬(後)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」

平家物語

平家物語

平家物語」は平家一門の栄華と
滅亡を描いた軍略期。平安末期の
貴族政治から武家政治への以降期に、
日本で起こった内乱が描かれています

西光被斬(後)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」

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太政入道はまず雑色を使いとして、中御門烏丸の新大納言成親卿の所へ、「相談すべきことがあります。至急お立ち寄りください」と仰せつかわされたので、大納言は自分の身の上とは少しも知らず、
「ああこれは、法皇が比叡山をお攻めになろうと計画されているのをお止め申そうとするのだな。法皇のお憤りが深いようだ。なんとしてもだめだろうに」
といって、糊のつかない、なよやかできれいな狩衣をしなやかに着こなし、色鮮やかな車に乗り、侍を三、四人召し連れて、雑色・牛飼いにいたるまで、普段よりもいっそうとりつくろって行かれた。

それも最後の門出とは、後になって思い知られた事であった。

西八条近くになって、成親卿が御覧になると、四、五町の間に軍兵がいっぱい集まっている。ああ大変な数だな、いったい何事だろうと、胸騒ぎしながら、車から降り、門の中に入って御覧になると、門内にも軍兵どもが隙間もなくびっしりと集まっている。
中門の入口に恐ろしそうな武士どもが大勢待ち受けて、大納言の左右の手を取って引っ張り、「縛りましょうか」と申す。入道相国は簾の中からそちらを見て、「そんなことはしなくてもよい」と言われると、武士ども十四、五人が、大納言の前後左右に立ち囲んで縁の上にひきのぼせて、一室に押し込めてしまった。
大納言は夢を見ているような気持で、全然何が何だか分からずぼんやりしておられる。供をしていた侍どもは、大勢の人におしへだてられて、ちりぢりになってしまった。雑色・牛飼いは顔色を変えて牛や車を捨てて逃げ去った。
そうしているうちに、近江中将入道蓮浄・法勝寺執行俊寛僧都・山城守基兼・式部大輔正綱・平判官康頼・宗判官信房・新平判官資行も捕らえられて出て来た。

西光法師はこの事を聞いて、自分の身の上と思ったのだろうか、馬に鞭打ち走らせて、院の御所、法住寺殿へ参った。
平家の侍どもが、道で行き合い、「西八条へお召しだぞ。さっそく参れ」と言ったので、
「奏上すべき事があって、法住寺殿へ参るのだ。それからすぐ参ろう」と言ったが、
「にっくい入道だな。何事を法皇に奏上しようというのだ。そうは言わせるな」
といって、馬から手取り足取り引きずり落とし、縛って中ぶらりんにぶらさげて、西八条へ参った。
事のそもそもから首謀者として参画した者だったので、特に強く縛って、中庭のうちに引きすえた。入道相国は大床に立って、
「この入道を滅ぼそうとするやつの、なれの果ての惨めな姿であることよ。やつめをここへ引き寄せろ」
といって、縁の際に引き寄せさせ、何かものを履いたままで、そいつの面をむずむずとお踏みになった。

「もともと貴様らのような卑しい下郎の末を、法皇がお召使になって、任ぜられるはずのない官職をお与えになり、父子ともに身分不相応なふるまいをすると思っていたが、はたして過ちのない天台の座主を流罪に処し、天下の大事を引き起こして、おまけにこの平家一門を滅ぼそうという謀反に加担してしまったやつだな。ありのままに申せ」と言われた。

西光はもともと優れた大剛の者だったので、少しも顔色も変えず、悪びれた様子もない。
居直って大笑いして申すには、
「とんでもないこと。入道殿こそ身分に過ぎたことを言われる。他人の前ではいざ知らず、西光が聞いている所で、そんなことはとてもおっしゃれますまい。
院中に召し使われる身ですから、執事の別当の成親卿が院宣といって軍兵を召されたことに参画しないと申すわけにゆきません。それには参画しました。
ただし聞き捨てならぬことを言われるものですな。
あなたは、故刑部卿忠盛の子でいられたが、十四、五までは朝廷に出勤もなさらず、故中御門藤中納言家成卿の辺に出入りしていられたのを、口うるさい京童は、高平太と言ったのでした。保延の頃、大将軍に命ぜられ、海賊の張本人三十余人を捕らえて差し出された褒美に、四位に上り四位の兵衛佐と申したことをさえ、身分に過ぎたことと、当時の人々はみんな口々に言い合われたことでした。
殿上の交わりをさえ嫌われた忠盛の子で、太政大臣にまで成り上がったのこそ過分でしょう。
侍階級のものが受領や検非違使になる事は、先例や慣例がないわけではない。
どうして過分でしょうか」

と、遠慮もしないで申したので、入道はあんまり腹が立って、何も言われない。

西光被斬(後)

しばらくたって、「そいつの首をすぐ簡単に斬るな。よくよく縛っておけ」と言われた。
松浦太郎重俊が命を受けて、手足をはさみ、さまざまな手段で痛めつけ尋問した。西光はもともと罪を隠すなど言い争わなかったし、おまけに尋問は厳しかったので、すっかり自白した。その白状を四、五枚に記され、まもなく、「そいつの口をさけ」といって、口をさかれ、五条西朱雀で斬られてしまった。
嫡子前加賀守師高は尾張の井戸田へ流されたのを、同国の住人、小胡麻郡司維季に命じて討たれた。次男近藤判官師経は獄に入れられていたが、獄から引き出され、六条河原で斬られた。その弟左衛門尉師平と家来三人も同様に首を斬られた。

これらは取るにたらぬ者が出世して、かかりあうべきでない事に関係し、過失のない天台座主を流罪に処し、現世のしあわせが尽きてしまったのだろうか、山王大師の神罰仏罰をたちどころに受けて、こんな目にあったのであった。

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「西光被斬(後)」登場人物

<太政入道>
平清盛。隆盛を極めた平氏の棟梁。
<大納言成親卿>
藤原成親。後白河法皇の近臣。
<法皇(院)>
第77代天皇、後白河法皇。
<西光法師>
後白河法皇の近臣。

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