» 豊玉毘賣「古事記 -712年献上 作者:太安万侶 -」

古事記

古事記

古事記は存在する日本最古の歴史書。
上巻は日本神話、中巻は神武天皇から
応神天皇までの記事、下巻は仁徳天皇
から推古天皇までの記事が収られます。

豊玉毘賣「古事記 -712年献上 作者:太安万侶 -」

  • 登場人物
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
3/5 (1)

兄の海幸彦を服従させた天津日高日子穂穂手見命(あまつひこひこほほでのみこと。またの名を山幸彦)は、海神の娘の豊玉毘売と結婚した。
しばらくして豊玉毘賣は懐妊したが、天津神の御子を海の中で生むわけにはいかないと陸に上がって出産することに決めた。出産に向けて海辺に産屋を建てていたところ、屋根を葺き終る前に豊玉毘賣が産気づいてしまった。仕方なく未完の産屋で出産する事になった。
産屋に入る時、豊玉毘売は山幸彦に言った。

「これから私はあなたの子を生みます。しかし、生むときにわたしは本来の姿に戻ってしまいます。ですから、お産の間は決して産屋の中を見ないでください」
しかし、穂穂手見命はどうしても気になってしまい、約束を破って産屋の中をそうっと覗いてしまいました。すると豊玉毘売は八尋もある大きな鮫になってのたうちまわっていたのだった。大変驚いた山幸彦は逃げ出してしまった。
本来の詩型を見られ、恥ずかしくなってしまった豊玉毘売は、出産を終えるとすぐ子を置いて海神の国境に消えてしまった。
古事記より豊玉姫
穂穂手見命と豊玉毘売の間に生まれた子を天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命(あまつひこひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)という。

海神の国に帰ってしまった豊玉毘売だったが、やはりどうしても鵜葺草葺不合命が心配だった。そこで、妹の玉依毘売が代わりに地上へ赴き、鵜葺草葺不合命を育てることになった。玉依毘売を送り出す際、豊玉毘賣は穂穂手見命への歌を託した。

赤玉は緒さへ光れど白玉の君が装し貴くありけり
(赤玉はつけている紐の緒もかがやいているように見えるほど美しい。しかし、あなたはまるで真珠のように高貴に輝いています。)

これを聞いた穂穂手見命はこう返歌した。

沖つ鳥鴨著く嶋に 我が率寝し妹は忘らじ 世の尽も
(鴨の寄りつく島でともに寝た愛しき妻よ。私は貴女を忘れはしない。たとえこの世が終わってしまっても)

その後穂穂手見命は高千穂の宮に五百八十年鎮座した。そしてその御墓は高千穂の山の西にある。
鵜葺草葺不合命は育て親であり叔母でもある玉依毘売と結ばれた。この二人は、五瀬命・稲氷命・御毛沼命・若御毛沼命の子をもうけた。御毛沼命は常世の国へ渡り、稲氷命は母のいる海神の国へ行った。若御毛沼命はまたの名を神倭伊波礼毘古命と言い、初代天皇神武天皇になった。

<<海幸彦山幸彦 || 神武東征-東征->>


お話の評価

ページトップ