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【日本神話の聖地】伊邪那岐が眠る『近江 多賀大社』

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今日は伊耶那岐命が須佐之男命を追放された後に隠れ鎮まった地『多賀大社』を紹介致します。
多賀大社

以下が須佐之男を追放した経緯です。

その泣く有様は凄まじく、青々と茂った山をからし、海は荒れ狂い、川はひあがってしまいました。
そのため荒神が現れて、暴れまわります。荒神たちが暴れる様子はまるで蝿の群れが満ちあふれるようで様々な災いを起こしました。
その様子に耐えかねた伊邪那岐は「なぜ、汝は海原を治めずにいつまでも泣くのか?」と厳しい口調で問いただします。

須佐之男命は「私は、亡き母伊邪那美(いざなみ)がおられる黄泉の国がこいしくて泣いています」と答えます。
伊邪那岐は激怒されて須佐之男命に言い渡します「ならば、汝はこの国にいてはならぬ」そう申されると須佐之男命を追放されます。
三貴子神話より

多賀大社
須佐之男は「伊邪那伎日真名子 加夫呂伎熊野大神 櫛御気野命」と言われておりとりわけ伊邪那岐の寵愛を受けた御子だったかも知れません。
その須佐之男を追放した後に古事記では淡海 多賀に鎮まったとされているのです。

この鎮まった地を縁とするのが多賀大社です。

しかし、この淡路を淡海と書き間違えたという説が定説です。
それを裏付けるように延喜式神名帳にはご主神は伊邪那岐ではないと書かれています。
※日本書紀では淡路とされています。

ですが、江戸時代に流行ったとされる俗謡
「お伊勢参らばお多賀へ参れ お伊勢お多賀の子でござる」は
伊邪那岐を指しています。

【アクセス】
JR彦根駅→ 近江鉄道「多賀大社前」駅下車 徒歩10分

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