» 青頭巾「雨月物語-1768~1776年刊 著者:上田秋成 -」

雨月物語

雨月物語

怪談物語をおさめた短編小説集「雨月物語
死してなお残る「信念」「執着」と
いったものが描かれています。

青頭巾「雨月物語-1768~1776年刊 著者:上田秋成 -」

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昔、快庵禅師という徳の高い聖人がいらっしゃった。
幼い頃から禅宗の考えを理解され、常に旅をしておられた。
美濃の国の龍泰寺でひと夏を過ごし、この秋は奥羽の方に住もうと旅立たれ、どんどん進み下野の国に入られた。

富田という里で日が暮れたので、禅師が大きく豊かそうな家に立ち寄って一泊を求められた。
すると田畑から帰った男どもが、黄昏の中に禅師が立っているのを見て大いに恐れ、
「山の鬼が来た。皆出てこい」
とわめいた。
家の中も騒ぎたち、女子供は泣き叫び転んで家の隅に隠れてしまった。
屋敷の主が天秤棒を取って走り出て外の方を見ると、年も50近く、頭に紺色の頭巾を被り、破れた黒衣を身にまとい、包みを背負っている老僧が杖でさし招き
「あなた方はどうしてこのように用心されるのですか。諸国を修業してまわる僧が一晩の宿をお借りしようとここで人を待っていたのに予想外にこのように怪しまれるとは。痩せた法師が強盗などするはずもないのに、そんなに怪しまれるな。」
と言う。主人は棒を捨てて手を叩いて笑い、
「里人らの愚かな目のせいで客僧を驚かせてしまった。一宿お貸ししお詫びいたします。」といって非礼を詫びて禅師を屋敷の奥へ迎え、快く食事を勧めてもてなした。

主が語る。
「先程里の者達が貴方様を見て鬼が来たと恐れたのにも訳があるのです。
珍しい物語をいたしましょう。奇妙なお話ですが人にお伝えください。
この里の上の山に一軒の寺がございます。元は小山氏の菩提寺であり、代々徳の高いお坊さまが住んでいらっしゃいました。
今の阿闍梨はあるお方の養子であり、特に学問や修行の評判が高く、この国の者達は香や蝋燭を運んで帰依し申し上げておりました。
その阿闍梨は吾が屋敷にもしばしばお出でになり、打ち解けておりました。
しかし去年の春の事でございます。阿闍梨は越の国へ灌頂の戒師として迎えられ百日ほど留まっておられましたが、その国から12、3歳ほどの童子を連れて帰られ、身の回りの手伝いとして使っておられました。阿闍梨はその稚児の美しい容姿を深く愛するうちに日々のお勤めもおろそかになっていきました。
そんな折今年の四月頃、その稚児が突然病に倒れ、日ごとに病が重くなってゆくのをひどく悲しまれ、国府から医者をお呼びになったのですが、その甲斐なくとうとうその稚児はなくなってしまいました。
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懐の宝を奪われ、頭に挿していた花を嵐に奪われたような思いで、阿闍梨は泣いても涙が出ず、叫ぶにも声が出ないほどにあまりに嘆かれるあまり、その稚児の骸を焼こうとも、土に埋めようともせず、その顔に顔をよせ、手に手を取って日々を過ごされておりました。
そのうちとうとう精神を病み、稚児の生前と同じようにその骸と戯れ、骸の肉が腐敗し爛れてゆくのを惜しんで、その肉を吸い骨を嘗めて、ついには亡骸を喰らい尽してしまったのです。
寺中の人々が『院主様が鬼になってしまった』と皆慌てて逃げ去ったのち、阿闍梨は夜な夜な里に下りて来ては人を驚かせ、また墓を暴いてはまだ新しい死体を喰らう有様。
本当に、鬼という者は昔話に聞きはしますが、現実にそうなりましたのを観ました。しかしながらどうすればこの鬼を制することが出来るのでしょう。我々にできるのはただ夕暮れ時には堅く戸を閉ざすのみ。近頃は国中にそれが知れ渡り、人の行き来さえなくなってしまったのです。
そういう理由があって貴方様を鬼と間違えてしまったのです。」

禅師はこの物語をお聞きになって、
「世には奇妙なことがあるものだな。
おおよそ人として生まれ、仏菩薩の教えが広大なのを知らず、愚かなまま、卑屈な心のままで死んでいく者は、その愛欲や邪念の業障に足を取られ、ある時は生前の姿を現して怒りを報い、またある時は鬼となり蛟となって崇りをなすという例が、昔から今に至るまで数え切れないほどある。また、人が生きながら鬼になることもある。楚王の宮人は蛇となり、王含の母は夜叉となり、また呉生の妻は蛾になった。
また、昔或る僧が怪しい家で旅の夜を過ごした時、その夜は風雨が激しく、灯りさえない心細さになかなか寝付けなかった。
夜も更けて羊の鳴く声が聞こえてきた。
しばらくすると僧の眠っているのを確かめ、しきりに匂いを嗅ぐものがある。僧がこれを怪しんで、枕元に置いていた禅杖で強く叩いたところ、大声で叫んでその場に倒れた。
この音に家の主人である老婆が灯りを持って駆けつけ、見ると若い女が打たれ、倒れていたのであった。
老婆は泣きながら命乞いをし、僧は仕方がなく、捨て置いてその家を後にしたが、その後用のついでに再びこの里を通ったところ、田圃のなかに人が多く集まっているのを見かけた。
この僧も立ち寄って何事かと問うと、里人はこう言う。
『鬼になった女を捕らえ、今土に埋めたところなのです』
と。しかしながら、これらの例は全て女ばかりで、男が鬼と化したという例は聞いたことがない。おおよそ女の性根のひねくれた部分が、女をこのような浅ましい鬼にするのだ。
また男でも、隋の煬帝の臣下の麻叔謀という者が子供の肉を好み、密かに民の子供を攫ってはそれを蒸して喰らっていたという話もあるようですが、これは浅ましい野蛮な心からきたものであり、御主人の語られた話とは異なります。
それにしても、その僧が鬼となったのは過去の因縁によるものなのでしょう。
そもそも日頃の修行で徳を積む有難さとは、仏に真心を尽くして仕えることなので、もし阿闍梨がその童を育てなければ、嗚呼、きっと良い僧になれたはずですのに。一度愛欲の迷路に迷い込み、邪念による苦しみの炎の激しさにより鬼となったのも、ひとえに実直でたくましい阿闍梨の性質によるものだったのでしょう。
心を解き放てば妖魔となり、律すれば仏果を得るとは、この法師が良い例です。
私がもしこの鬼を仏道へと導き、元の心に還らせることが出来るのであれば、今夜もてなしていただいたお礼となることでしょう」
と禅師がこのような有り難い志を起された。
主人は頭を畳に擦り付け、
「あなた様がこの事を成功されれば、この国の者は極楽浄土に生まれ変わるような心地です」
と涙を流して喜んだ。
山里の宿はほら貝を吹く音も鐘の音も聞こえず、二十日過ぎの月も出て、古戸の隙間からその光が漏れているのを見て、夜が更けたことを知り、
「それでは、おやすみなさい」
と言って、主は自分も寝室へと入って行った。

山寺には誰も定住することがなかったので、楼門にはいばらが覆い、経閣も空しく苔蒸している。
蜘蛛が巣を張ってそれぞれの仏像を結び、燕の子の糞が護摩壇の床を埋め、住職の部屋から廊下、僧坊全てひどく荒れ果てている。
太陽が西に傾く頃、快庵禅師は寺に入って錫杖の鈴をお鳴らしになり、
「私は旅の僧です。一夜の宿をお貸し頂きたい」
と何度も叫ぶも一向に返事がない。
すると寝室から一人の痩せこけた僧がよろよろと歩いて来て、しわがれた声でこう言った。
「御僧は何処へ向かおうとしてここに来たのか。この寺はわけあってこれほどまでに荒れ果て、今では人も住まない野良と成り果ててしまった。
故に一粒の食糧もなく、一夜の宿を貸すことの出来るような配慮も何一つ出来ぬ。早く里へ下りられよ」
すると禅師は言う。
「私は美濃の国を出て、陸奥まで行こうとしている旅の途中ですが、この麓の里を通ったところ、山や水の流れを興味深く思い、思いがけずここへ参ったので御座います。
日も傾いておりますし、里へ下りるにも道は遠いことです。どうか一夜の宿をお貸し下さい」
主人である僧は言った。
「このような野良のようなところでは、よからぬことが起こるやも知れぬ。あなたを無理に留めることは出来ないが、無理に里へ下りろとも言えない。あなたの心に任せることにしよう」
それきり、主の僧は何も言わなくなった。禅師も自分からは何も言わず、主の僧の側へ座った。

みるみる日は暮れ、宵闇の夜は大層暗いのに、灯火も点けなかったので目の前のものさえ分からず、ただ谷川の水の音だけが近く聞こえてきた。
主の僧もまた、寝室に入って物音一つ立てなかった。

夜も更け、月夜となった。
月光は美しく輝き、辺りをくまなく照らしている。
子一つの刻かと思われる頃、主の僧は寝室を出て、慌ただしく何かを探し回った。
それが見つからないので、
「あの糞坊主め、何処へ隠れおった。この辺りに居たはずなのに」
と大声で叫んで禅師の前を何度も走り過ぎるのだが、依然として禅師の姿は見えていない。
お堂の方へ駆けて行くかと思えば、庭を廻って躍り狂い、遂に疲れて倒れ、起きては来なかった。

夜が明け朝日が射し込むと、主の僧は酒の酔いが醒めたように、禅師が元の所にいらっしゃるのを見て、ただ呆れたようにものも言わず、柱にもたれかかってため息をつきながら、黙っていた。
禅師は僧の近くへ進み寄って言う。
「院主様、どうしてお嘆きになるのです。もし飢えていらっしゃるのであれば、私の肉で御腹を満たして下さい」
主の僧が
「御僧は一晩中そこにいらしたのか」
と言うと禅師は
「ここで寝ずに座っておりました」
と答えた。主の僧は、
「私はあさましくも人の肉を好むが、未だに僧の肉の味を知らぬ。
貴方は真の仏である。鬼畜の曇った眼で生き仏の来迎を見ようと思っても、見ることは出来ないのが道理なのだな。
嗚呼、尊いことだ」
と頭を垂れて黙った。
禅師は言った。
「里の者の話を聞くところによると、あなたは一時の愛欲に精神を病んだことによって鬼畜の道に落ちてしまわれたということですが、それはあさましくも悲しくも、先例さえめったにない悪因です。
夜な夜な里へ下りて人々に害をなすので、近くの里の者は生きた心地もいたしませぬ。
私はこれを聞き、放って置くにも忍びなく、わざわざここに来て、あなたに仏の道を説き、本来のお心へと還って頂こうとしたのです。
あなたは私の教えを聞きますか、聞きませんか」
主人の僧は言った。
「あなたは本当の仏です。
これほどまでに浅ましい我が悪業を、すぐさま忘れることの出来るすべを私に教えて下さい」
禅師は
「あなたが私の教えを聞くというのであれば、ここへ来なさい」
と言って簀子の前の平らな石の上に主の僧を座らせ、自分が被っていらした紺染めの頭巾を脱いで僧の頭に被せ、証道の歌の二句を僧に授けられた。

「江月照松風吹 永夜清宵何所為」
(月は海を照らし、風は松に吹く 長い夜、清々しい宵は何のためにあるのか)

「あなたはここを去らず、静かにこの句の意味を考えるのです。
その意味が分かった時、自ずから本来の仏心に辿り着くことが出来るでしょう」
禅師は丁寧に教えると、山を下りられた。
その後、里の者達は重い災いから逃れることが出来たといっても僧の生死が依然として知れぬままだったため、疑い怖れ、人々は山に上ることを忌ましめた。

一年があっという間に過ぎて、翌年の冬十月の始め、快庵禅師は奥州からの帰り道にここをお通りになったが、あの一夜の宿を与えてくれた主人の屋敷に立ち寄って、僧の消息を尋ねられた。
主は喜んで禅師を迎え、
「あなたの徳のおかげで鬼が二度と山を下りてくることがなくなりましたので、里の者は皆極楽浄土に生まれ変わったかのように幸せに暮らしております。
しかし山に行くことを恐ろしがって、誰一人として山へ上ろうとするものはおりませぬ。
そういう訳で、あの僧の消息は分かりかねますが、今までは生きておりますまい。
今夜の御泊りの際、あの僧の菩提をお弔い下さい。皆も供に回向いたします」
と言う。
禅師は言う。
「あの方が善果によって成仏したのであれば、私にとっては仏道の先達とでも言うべき方になります。
また、生きておられた場合は、私の弟子の一人です。
いずれにしろ、あの方の消息を確認せねばなりませんね」
こうして禅師は再び山へ上られたが、いかにも人の行き来が絶えているようで、これが去年踏み分けた道であるとは、とてもお思いになれなかった。
寺に入ってみると、荻や尾花が人の背丈よりも伸びて高く生い茂り、草の露は時雨のように降り零れて、小道も分からない中に、堂閣の戸が左右に倒れ、方丈や庫裏に続く廊下も、朽ちた部分に雨水を含んで苔蒸していた。
そして、あの僧を座らせておいた簀子の辺りを探してみると、葎は結ばれて解けず、尾花が押し合うようになびく中に僧か俗人かも分からないほどに髭髪の乱れた影のような人物がいた。
蚊の鳴くようなか細い声で、言葉とも聞こえないほどに途切れ途切れに何かを唱えているのを聞くと
「江月照松風吹 永夜清宵何所為」
禅師はこれを御覧になり、禅杖を持ち直し、
「さていかに、何のためにあるのか」
と一喝してその僧の頭を撃たれると、忽ちのうちに、まるで氷が朝日を受けたかのように消え失せ、禅師の被せた青頭巾と骨だけが草葉の上に残った。
本当に長く続いた執念がとうとう消えたのであろうか。
尊い道理があるに違いない。

その後、快庵禅師の大徳の評判は雲の裏・海の外にまで轟き、
「達磨大使の肉は未だ乾いてはおらぬのだ」
人々はそう称賛した。
そうして里の者が集まって寺の中を掃除し、修理を施し、禅師を尊んでそこの住職にと推挙した。
禅師は元の密宗を改め、曹洞宗の霊場をお開きになった。
今なおこの寺は尊く栄えているという。

<<蛇性の婬貧福論>> 


「青頭巾」登場人物

<快庵禅師>
全国を行脚して回る僧。宿の主から鬼と化した阿闍梨の話を聞き成仏させようと試みる。
<阿闍梨>
優れた僧だったが稚児への愛から人肉を食う鬼と化してしまう。

お話の評価

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