» 髪長比売・国栖の歌「古事記 -712年献上 作者:太安万侶 -」

古事記

古事記

古事記は存在する日本最古の歴史書。
上巻は日本神話、中巻は神武天皇から
応神天皇までの記事、下巻は仁徳天皇
から推古天皇までの記事が収られます。

髪長比売・国栖の歌「古事記 -712年献上 作者:太安万侶 -」

  • 登場人物
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
まだ評価されていません。

大雀命(おおさざきのみこと)が、皇子であった頃のことである。

日向国の諸県君(もろあがたのきみ)が娘、髪長比売(かみながひめ)は、世にも稀なる美しさだという。
その噂は天皇のお耳にまで届き、ぜひともお側で使おうと髪長比売を召し上げられた。

おとめを乗せた船が難波津に停泊していた時のこと。
大雀命はその麗しいお姿をご覧になって、たちまちに心を奪われ、すぐさま建内宿禰大臣(たけうちのすくねのおおきみ)に頼んだのだった。

「この、日向より召し上げた髪長比売を、天皇へお願い申し上げて、わたしに下さるように取り計らってくれ」

建内宿禰大臣が天皇のお言葉を請うと、天皇はすぐに髪長比売をその皇子にお与えになった。
そして天皇は酒宴を催され、髪長比売に御酒(みき)を盛った柏葉を持たせて皇子にお与えになり、朗々とお詠い遊ばされた。

さあお前たちよ 野蒜摘みに 蒜摘みに
我が行くみちの かぐわしい 花橘(はなたちばな)は
上の枝は 鳥ついばみ 下の枝は 人取り枯らし それならば
中つ枝の 紅顔のおとめを 誘えば よろしな

さらに天皇は続いてお詠い遊ばれる。

水溜まる 依網池(よさみのいけ)の
しるしの杭が 刺されていたのを知らないで
蓴菜(じゅんさい)取りが 手を延ばしていたのを知らないで
我が心の なんと愚かなことよ

そうして詠い終わると、天皇は皇子に髪長比売をお与えになったのである。
次に、皇子が髪長比売を見つめてお詠い遊ばされた。

道の果て 古波陀(こはだ)のおとめ 髪長比売
その麗しさ 雷のよう とどろき聞こえ
いま 手枕交わし 頬寄せる

道の果て  古波陀(こはだ)のおとめ 髪長比売
いとおしき 我が手拒まぬ 真玉手よ
kaminagahime

またあるとき、大和国吉野の国栖(くず)らが、大雀命の腰に揺れる立派な太刀を見て、こう詠い讃えたことがあった。

誉田(ほむた)の日の御子 大雀(おおさざき)
大雀 佩かせる太刀
腰に吊られ 鞘がゆらゆら
冬木の幹の 下木(したき)さやさや

吉野の樫林のあたりで横の広い臼で御酒を醸し、その御酒を献上したときには、こう詠った。

国栖たちは、ちっちっと口鼓を打ちながら、踊り跳ねる。

樫の林に 横臼(よすく)作り
横臼に 醸みし大御酒(おおみき)
美味らに 飲み食いなされませ われらの親父さま

この歌は、国栖たちが天皇に大贄を奉る時々に、今に至るまで詠い継がれている歌である。


「長髪比売・国栖の歌」登場人物

<大雀命>
後の仁徳天皇。応神天皇から政の補佐を任されている。
<髪長比売>
日向国の諸県君(もろあがたのきみ)を父とする美しい娘。
<天皇>
応神天皇。子の大雀命に髪長比売を譲る。
<建内宿禰大臣>
応神天皇に仕える大臣。その母の神功皇后にも仕えていた。
<吉野の国栖>
神武天皇の御代に帰順した、大和国吉野のあたりに住んでいる部族。

お話の評価

ページトップ